旅に似合いの喫茶店

2024.01.29 08:00

 出張でとある観光地を訪れた。夜の講演会まで時間があったので軽く腹ごしらえすることに。ボリューム的にはハンバーガーぐらいが妥当。駅ビルには大手チェーンがあるが味気ない。そこで旧市街を歩くうちに見つけたのが時代を感じさせる喫茶店。中に入ると期待通りレトロ感満載だ。

 サイフォンが並ぶカウンターと、白い革張りシートのボックス席、壁には趣向を凝らしたランプ、いい具合にすすけた店内はなんとも落ち着く。目当てのハンバーガーが来た。もちろん手作り。年配のマスターが「レタスを挟んで召し上がってください」と笑顔で説明してくれる。うまい。あっという間に平らげ、コーヒーのお代わりを頼んだ。

 サイフォンからカップに注ぐマスターに「良いお店ですね。いつからやっているのですか」と尋ねると、「今年で72年目になります」と。聞き間違えたかと思っていると、「昭和27年に開業しました」。ということは2代目かなと聞こうとしたら、「僕が23歳の時です」。えっ?と目をぱちくりしている僕に「今年で95歳になりました」と。

 顔ツヤもよく滑舌もよいのでせいぜい70代後半と思っていたので驚いた。店内がそれほど混んでいないことをいいことにいろいろな話を伺った。なにせ僕がこれまでに会った最高齢の人物。教えてほしいことはたくさんある。残念なことに客が入ってきてマスターは仕事に戻った。地元の常連客も観光客も訪れる良い店だ。

 コーヒーを飲みながらスマホでググると、メディアで取り上げられるなど結構有名な店。ただ、「接客が悪い」「料理の提供が遅い」など観光客からのネガティブな口コミもある。日本では店に礼節を求める客が多いが、自分が礼節をわきまえない客も多く、こういう口コミは仕方ないことだ。

 ちなみにコンサル視点でいえば、フードやドリンクの味・量、内装、クリンネス、衛生状態など、十分に合格点。加えて言うならコンサルがいくら頑張ってもこういう店は作れない。なぜならこの店はオーナーの人生と一体だからだ。それにはどんなによくできた接客マニュアルも完璧なレシピも高価な備品も優れた店舗設計もかなわない。

 経営的に考えれば、チェーン店に鞍替えしたほうが利益は出るし人に任せることもできる。しかし、それはビジネスの道具としての店で自分の店ではない。自分の店だからこそこれだけ味のある店が作れるし、「仕事」ではなく「人生」だから70数年もの長きにわたってマスターでいられる。

 観光地の飲食業に大事なのは「会いに行きたい人がいる店」だと思う。単にうまい料理だけなら都会に行けばたいてい食べられるし、ネットで買うこともできる。その地を愛し、自分の店を愛する人がいればこそ、旅の趣を高めてくれるし再訪したくなる。

 そんなことを考えていたら会場に向かう時間となった。レジで支払いをしながら、またマスターと話し込んでしまった。旅先で巡り合えたこの店とマスターを忘れたくないという気持ちで店名の入ったキーホルダーを買い、手を振って店を出た。

黒須靖史●ステージアップ代表取締役。中小企業診断士。好奇心旺盛で旅好きな経営コンサルタント。さまざまな業種業態の経営支援に携わり、現場中心のアプローチに定評がある。

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