ギリシャのオーバーツーリズム

2024.03.11 00:00

 「住んでよし、訪れてよしの国づくり」が日本の観光の基本だが、ギリシャもオーバーツーリズム問題を抱えているとフィナンシャル・タイムズ(FT)が伝えた。

 アテネの歴史地区プラカは何世紀にもわたり訪問者を魅了してきたが最近では制御不能な観光ブームで日常生活に混乱を来している。アクロポリス博物館が開館する前の07年には、駐車場が広く、徒歩圏内に果物屋台があり、互いに名前を知る近所の人たちが住む、のんびりとした地区だった。夜は物音がほとんど聞こえず、観光客は恥ずかしそうにちらほらやってくるだけ。アテネはエーゲ海の島に行く途中の立ち寄り先的な存在で、住民は彼らを歓迎した。エアビーアンドビーがギリシャに初登場した時も、観光客向けの隠れたスポット案内の無料コンシェルジュさえ登場した。

 12年の経済危機時代は不動産価格も急落し、アテネ空港の国際線到着者数は840万人だった。しかし10年にわたる経済危機終了後、新しい店が次々と開店、コーヒーショップやレストランが寂れた場所を占領し街は活気を取り戻した。19年のアテネ空港国際線到着者は1780万人に到達。以来、パンデミックの中断を挟んで、住民保護の計画がないまま観光へのシフトが加速した。

 アテネの中心シンタグマ広場から外れた狭い通りに過去4年間で5つの新しいホテルがオープンした。かつては夏の期間だけだった来訪者が通年に広がり、23年1月と2月の到着数は前年同月の2倍となった。23年1~9月の海外からの来訪者数は1490万人で、19年同時期の7%増。NGOのマーケティング・ギリシャによれば、アテネが他の首都と異なるのは観光客の大幅増だけでなく、アクロポリス周辺の小さな地域に集中することだ。

 プラカ地区では一般市民の日常生活が侵食され、まるでパルテノン神殿の汚れた裏庭のようだ。金物屋が観光客向けレストランになり、洋服屋はレンタカー会社に代わった。住民は家の前の道路に違法駐車するタクシー、ミニバン、2階建てバスと毎日言い争わねばならない。バーは早朝まで大音量の音楽を流し、コーヒーショップやレストランのテーブルが歩道に出っ張り、歩行者はランチやコーヒーを楽しむ観光客のテーブルの間を身を細めて通る。おまけに観光客が借りる電動自転車の駐輪もあり混雑ぶりが想像される。

 オーバーツーリズムは近隣環境を破壊しただけでなく、アパートが収益性の高い貸家に転用されるようになったため住宅危機を招いた。アムステルダムやニューヨークがエアビーアンドビーの賃貸予約制限に向かうのとは異なり、ギリシャは短期賃貸用に複数の家を所有する家主への課税に重点を置く。

 しかし変化は訪れるかもしれない。昨年10月に選出されたアテネの新市長は、「観光は地元の人々の生活の延長線上にある。幸せな住民がいなければ幸せな観光客は生まれない」と観光問題に取り組むことを約束した。アテネはオーバーツーリズムを克服できるだろうか。

平尾政彦●1969年京都大学文学部卒業後、JTB入社。本社部門、ニューヨーク、高松、オーストラリアなどを経て2008年にJTB情報開発(JMC)を退職。09~14年に四国ツーリズム創造機構事業推進本部長を務めた。

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