ライドシェアの方法論

2024.02.26 08:00

 ライドシェアを体験したことがあるだろうか。筆者は17年秋、北京でDiDi(滴滴出行)のライドシェアを利用した時のことを鮮明に覚えている。北京には仕事で頻繁に出張していた。一番の思い出はタクシーがつかまらないこと。また、言語がままならず不案内なため遠回りされていないか不安になりながらタクシーに乗車していた。その印象がライドシェアで一変。市民ドライバーという点に不安はあったものの、スマートフォンのアプリで現在地と降車場所をチェックするとほとんど待つことなく決済までアプリ上で完結。全く時間が読めなかった移動から、時間の目安が持てるようになったことは革新的だった。

 ライドシェアは経済協力開発機構(OECD)諸国で見ると38カ国中16カ国で制度化されている。日本でもいよいよ4月に条件付きで解禁される。しかし、現在はタクシー事業者など提供者側の視点ばかり議論されていることに疑問を抱かざるを得ない。

 兵庫県北部の養父市は国家戦略特区として、市民ドライバー(自家用車活用)による有償旅客運送を18年に日本で初めて実現させた。最近はライドシェア解禁が迫っていることに加え、河野太郎デジタル相の訪問もあり視察が殺到しているそうだ。運行状況としては、診療所や介護施設、買い物など地域需要によって年間400~500人前後の推移となっている。

 ただ、直近22年度の観光客の利用は13人にとどまる。背景にはタクシー会社の対応が困難なエリアに運行を限定するなどエリア完結型の運行としていることが挙げられる。地域交通の枝葉を担う仕組みにしているため、利用料金は低廉なものの観光客には利用しにくいようだ。

 養父市土地利用未来課主査の富田雄士さんは、「今後はエリア内完結型という運行の考え方だけではなく、運行エリア拡大を目標にしている。そのためにはタクシー事業者やバス事業者など交通事業者とどう補完関係を考え、折り合いをつけていくかが焦点」と話している。

 サービスの利便性と安全性の担保、そして地域にはさまざまなステークホルダーが存在しており立場によってそれぞれの正論が存在する。交通事業者の事業と需要のバランスを保ちながらライドシェアを推進していくことは、養父市の先進事例からも容易でないことが分かる。

 ただ、観光客の視点でライドシェアを利用してみると利便性だけではない魅力があるように感じた。担当した市民ドライバーは祖父のような温かい存在感で、なまりを交え丁寧に地域のことを教えてくれた。ガイドブックにない解説も多くテレビのお散歩番組のような体験だった。

 ライドシェアを導入する際の方法論としてシステムズエンジニアリングの手法を導入してみてはどうかというのが筆者の考えだ。この方法論は全体俯瞰、最適化、段階詳細化というプロセスを経る。幸いf養父市の場合、ライドシェアを運行するNPO法人養父市マイカー輸送ネットワークはタクシー会社、バス会社、観光関連団体、地域自治組織というさまざまなステークホルダーで構成されるだけに全体俯瞰しやすい。そのうえで運営側の視点だけでなく市民や観光客の要求を詳細に分析しながら、顧客の要求を起点に地域にとって本質的に必要な機能を見極めていくことを期待したい。

 利便性とは別に筆者が経験したような観光上での魅力創出も最適解の1つかもしれない。既存の交通事業者とライドシェア事業者はトレードオフの関係ではない。利便性向上と観光客誘致による需要拡大を目指して手を組めば、互いにトレードオンの関係になるはずだ。

髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。

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