この1冊から始めよう ツーリズムの新しい扉を開くために

2023.10.30 00:00

(C)iStock.com/Maxiphoto

再び訪れようとしている観光の時代は、コロナ前とは大きく表情を変えてしまうのかもしれない。地球沸騰化にオーバーツーリズム、そしてニッポンの地盤沈下……。ビジネスを取り巻く環境は険しく、続くのはいばらの道だ。そんな時代の羅針盤を求めて、キーパーソンが贈るこの1冊から始めよう。

『SDGs時代のソーシャル・イントラプレナーという働き方』本多達也著(日経BP)

 著者である富士通の本多達也氏と出会ったのは21年9月、駅の音をAI(人工知能)によって可視化する装置エキマトペの実証実験を行っていた山手線巣鴨駅のホームだった。JR東日本の社内SNSで実証実験を知り、全くの担当外であったが、若い頃に鉄道のサービス担当として社員の接遇教育や広聴システム構築に携わっていたこともあり、ぜひ見たいと現場を訪れた。たまたまその場にいたプロジェクトリーダーの本多氏とわずか数分だったが熱く、そして不思議と引きつけられる会話をしたことをいまでも憶えている。

 本書は著者が同じくプロジェクトリーダーとして開発に携わった、音の大きさを振動と光の強さにリアルタイムに変換して、リズムやパターンといった音の特徴をユーザーに伝えるアクセサリー型装置「Ontenna(オンテナ)」を事例として紹介。開発に至ったエピソードや描いたビジョン、イノベーションが多くの共感から生まれたこと、その共感を得るためのさまざまな取り組み、そのコツなどが具体的に述べられる。

 私は本書でソーシャル・イントラプレナー(社会課題を解決する社内起業家)というものを知った。その定義、社内での役割、社内外からの評価など、著者の一方的な考察だけでなく、会社の上司から見た姿や研究者のコメント、他社の事例など多方面からの視点や客観的な考察も網羅される。
 コロナ禍で大きなダメージを負った観光産業はポストコロナのフェーズに入った現在、企業・団体はそれぞれの事業のあり方や進め方の変革を迫られているが、課題解決のための推進エンジンとなるのはやはり人財である。

 従前、日本の企業の多くは終身雇用を前提とした長期のOJTや研修プログラムを通じて内部で人材育成を進めてきた。一方、観光産業はホテルなどでコロナ前からジョブホッピングでキャリアを高めていくスタイルが定着し、外部から優秀な人材を獲得したり、急速に進むDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応を図るためスタートアップなどと提携するなど組織の外から変革をもたらすケースが増えているように思う。

 これらが人材の流動化を促し、産業の活性化につながってきた面もあるだろう。ただ、本書を読むと組織の中からイノベーションを起こし、持続可能な経営を実現するためにソーシャル・イントラプレナーを重用したり、社内に埋もれた優秀な人材を見つけ出し、社内起業家として活躍する機会をつくることも必要だと感じる。観光産業の再興と日本の基幹産業として成長していくためにも。

【続きは週刊トラベルジャーナル23年10月30日号で】

最明仁●日本観光振興協会理事長。JR東日本で主に鉄道営業、旅行業、観光事業に従事。JNTOシドニー事務所、JR東日本訪日旅行手配センター所長。新潟支社営業部長、本社観光戦略室長、ニューヨーク事務所長、国際事業本部長等を経て23年6月から現職。

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