差し迫る許容の限界点

2023.03.06 08:00

 昨年までの「40%増量作戦」、そして今年の「盛りすぎチャレンジ」。コンビニ各社による、価格は据え置きながらボリュームを増量した食品の販売が話題だ。

 はやり病の感染拡大によって外食から遠ざかることを余儀なくされて以降、筆者のランチは専らコンビニで購入した商品の中食がメインとなった。物価上昇の折に得られる「実質値下げ」のお得感と、通常商品と比べギャグのように大きなフォルムとずっしりくる重さが表現する存在感。冒頭に挙げた施策の影響で、筆者も当該商品についつい手を伸ばすことを余儀なくされる。執筆時点でキャンペーンを張るコンビニ大手は「想定を超える反響」とSNSで発信しており、供給が後手に回る様子がうかがえる。

 高騰するコストを販売価格へ転嫁するのではなく、商品のボリュームを減らすことによる利益確保の取り組み。先の施策の背景には、そのようなステルス値上げを逆手に取った戦略の存在が想像される。定番ブランドであればあるほど露骨に質を低下させることで価格を維持する道を選ぶのは困難だから、量への着目は理解できる。それに、仕入れ価格の上昇への対応と卸業者や小売店、消費者にどうすれば納得感を伴う説明が可能かという苦悩――、いわばバリューチェーンの川上、川下の双方から板挟みにあう現況にも察しはつく。

 だが、「隠密」「こっそり行うこと」と訳すこともあって、ステルス行為の実施企業にはセコさや姑息さたる評がどうしても漂う。実際、3年にわたってコンビニへ通い詰める筆者は、同じブランドの弁当の減量やカットサラダに付くドレッシングの成分変更に気づいた時には深く失望させられた。そんな暗々のうちの行為は、良き企業市民としての役割を無視した不道徳な扱いたる文脈として社会で認識されつつある。

 さて、そんなステルス行為は商取引に限らず、労働の現場でも見受けられる。商品価格の凍結がステルス値上げをもたらすのであれば、労働者の賃金改善停滞は「ステルス賃上げ」のごとくいえよう。反ステルス値上げの取り組みで市場へ新たな価値提案を成し遂げたコンビニの成功を鑑みると、ステルス値上げはイノベーションを阻害する悪影響をもたらすことが示唆される。すると、ステルス賃上げは従業員の能力開発を阻害することにつながるといえよう。何年経過しようとも「凍結」されっぱなしである実質賃金が上昇せずして、ツーリズム産業における低労働生産性に関わる議論を何も進行することはできない。

 ここへ来て社会的に賃金改善の機運が大きく高まってきたことは朗報だ。それにコロナを言い訳にできる時機はとうに過ぎ去った。今春闘で従事者たちの納得できる賃金改善が果たせなければ、現有人材からさらなる強烈な不満が噴出することはもちろん、求職者をなお遠ざけ、ステークホルダーを含めた社会から一層否定的な見られ方をするのは明らかだ。ステルス飛行の継続は、経営の非力さや企業の衰退を標榜するメッセージになり得るといっても過言ではない。

 ジリジリとした戦力の逐次投下では最後にはすべてを失う、ということは歴史が教えてくれている。日々の生活に困惑し、モチベーションは刺激されず、転職の悩みに苛まれ続ける産業従事者に対し、経営側はコロナへ向き合った時と同等のスペックで真正面から向き合ってほしい。ステルスへの許容度にも限界はある。経営のメッセージを「残念だけど仕方ない」から「裏切られた」と印象が変節する岐路を迎えた。百害あって一利ない、炎上リスクの高いステルスへの扱いが問われる。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。

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