愛情を示す向き

2022.10.03 08:00

 コンテンツを自動生成するAI(人工知能)に関する話題が沸騰している。例えば、筆者も利用している文書翻訳サービスのDeepL。英語論文の購読やアブストラクトの英訳に重宝する。京大博士課程の学生がそのシステムをベースとしてこのほど作成したのは、PDFのレイアウトを保持しながら英文ファイルを翻訳するツール。原文を読み進めつつ適宜日本語訳を参照しやすい点が好感され、ローンチを告知したツイートには10万以上のいいねが付いた。

 他方、画像生成AIとして生まれたのがMidjourneyやStable Diffusion、それにmimic(ミミック)。前二者は文章入力するとAIが自動で画像を生成してくれる。後者は特定の描き手のキャラクターイラストを数十パターン学習させるとその個性が反映された絵柄が自動生成される。サンプルを見るとなかなかの完成度だ。

 だが、mimicはすぐにサービスを停止した。ローンチ直後に大炎上したのだ。SNS上のコメントを見ると、悪用されたりイラストレーターの仕事が奪われたりするのではないかと不安視する声が目立つ。プロのイラストレーターに加え、普段イラストを描かない人も議論に参加して騒動は尾を引いている。とりわけ収入が不安定で将来を危惧する駆け出しは脅威を感じたようだ。

 久しぶりに目にした「AIが人の仕事を奪う」説。DeepLが登場した折、翻訳の仕事がなくなるとの言説があった。とはいえ、グーグル翻訳に比べれば幾分優秀なものの、あくまで補助的ツールに過ぎないとの捉え方が大勢を占める。質がやや悪くても作業効率を優先する場合や相応の出費を回避したい時に用いられることが一般的で、市場への影響は限定的だ。では、AI画像生成システムでイラストレーターの仕事が奪われるかというと、他と比べて成果物の品質の違いを他者が評価しやすいため、いままでにない変化が起きる最初の業種になる可能性はある。しかし、AIには想像外の提案をするコンサル力を備えていないので、商業的に有名なアーティストへの影響はわずかだとされる。

 AIは極めて複雑な作業をこなしているが、現段階ではそう簡単に対応できない要素がある。先述のコンサル力に影響を及ぼすであろう、大局観をつかむ能力と共感する能力である。こうしたAIには対応困難なタスクこそが人の活躍できるフィールドであり、能力を発揮すべく磨きをかけ続ける必要のある領域といえるだろう。

 ツーリズムにおいても仕事のうちの効率化すべきタスクの一部であったり、さして重要度の乏しい特定の領域にうまくAIを活用する必要がある。数多の優秀な人材が業界を去り、また人材採用に苦戦が予想される人手不足の状況下、その思想を排除することは困難だ。デジタルを排除したり敬遠したりせず上手に付き合う上でも人が担うタスクの選択と集中を検討したい。目新しいものやはやりに飛びつく前に現有資産に愛情を注ぐことから始めたい。

 それにしても、今般提示した翻訳や作画、それに旅行などのサービス産業への社会からの視線は、相変わらず斜め上から向けられている印象が強い。ステイホーム期間でその価値が見直されたと思っていたものの、サービス提供者・提案者の地位が低いことをあらためて実感する。来るべき時機に備え挽回に努められないものか。自社のビジョンやミッションをないがしろにして、目先の業務受託に甘えっぱなしのまま日銭を何年も稼げない。ドメインの旅で勝負し続けることを標榜するメジャー企業は、筆者の把握する限り極めて少数派。この憂いに共感し、社会の視線をともに先へ向けてくれる人が待たれる。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。

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