誰のための業か

2022.07.04 08:00

 次の日曜日は参議院議員選挙の投開票日のはずだ。本稿執筆時点では6月22日公示、7月10日投開票の予定とされている。国政選挙といえば、投票先選びに難儀する無党派層や政治参加に無関心な有権者のために、いくつかの質問に回答するだけで政党や候補者の考え方との一致度を提示するウェブサイトが近年よくみられる。また、現職候補の国会での仕事ぶりをランキング形式で紹介するものもある。具体的には、本会議や委員会での発言回数や提出法案数、野党議員の場合は内閣へ提出する質問主意書の本数が「実績」とされる。

 その質問主意書に対する答弁は、霞が関文学と揶揄されることがしばしばだ。2代前の政権に向けられたさまざまな疑惑に抗する、官僚によるそれが注目されたことは言うに及ばない。そしてその中身はともかく、表現の様式美は令和の時代もなお健在である。「お尋ねの『○×』の意味するところが必ずしも明らかではなく、一概にお答えすることは困難である」。答弁書をいくつか見る機会があれば、必ず出会う常套句だ。霞レベルの低い筆者はこれを、「調べるのはあまりにも大変」「質問者の解釈に則って答えると面倒なことになる」と翻訳している。

 他の例示は控えるものの、彼らの言い回しを社内会議で用いれば袋だたきに遭うだろうが、硬派な筆致での表現時や言質を取られることを回避したい折衝ごとでは重宝されよう。筆者は実際、大学院の政策情報論の講義でその多岐にわたる活用方を教示されて以来、国会会期中は必ず閲覧して必要な機会に役立てている。

 他方、質問内容を概観すると、観光に関する内容はほとんど見受けられない。質疑も同様で、取り上げられたとしても答弁内容が容易に想像可能な範囲に収まるものばかりで議論が成熟していく様子を見たことは一度もない。与党側に目を向けても、新しい資本主義実現会議の構成員や議論経過を見る限り、コロナ以前のような熱量はすっかり失われているようである。

 そこで、他に国の観光政策を参照する先となると、観光庁のウェブサイトを外すわけにはいかない。訪日外国人観光客の受け入れに関する情報や旅行業者の取扱状況等の統計に加えて、筆者が注視するのは委員会や審議会の議論だ。昨年11月に設置された「アフターコロナ時代における地域活性化と観光産業に関する検討会」が先頃最終取りまとめを発表していた。残念ながら期待外れの物足りなさを感じた。パンデミック後ならではの議論は限定的で内容は新鮮味に欠ける。また、10年以上指摘され続けている業界の現状認識や課題提示に終始し、納得度合いは乏しいところに落ち着かざるを得ない。

 コロナというフィルターで現状や未来を捉えられないのであれば、業として消費者の期待にどう正対するかを検討してほしかった。事業者や監督官庁の視座に限られ、顧客視点への言及があまりにも寂しい。思えば、コロナ禍であろうと「密」な空間たるサウナは人気だ。一方、オンライン飲み会は一時の盛り上がり以降はすっかり鳴りを潜めた。

 結局、ニーズや欲求を満たせるものが残り、そうでないものは残らない。そこにコロナというフィルターをかけて解釈しようとしても、対象がぼやけて探究が機能しないように思う。ウィズコロナとかアフターコロナとか言わずに、真面目に顧客へ向き合うことが今後サバイブする条件ではないか。「課題はパソコンの中にはない、常に現場にある」とはテレビ番組での印刷サービス・ラクスル社長の言。こんな言葉がサラっと無防備に出る雰囲気は界隈にはない。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。

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