旅行会社にとっての虎の子

2022.01.03 08:00

 新しい年を迎えた。ただ、多くの実務家にとっては暦の節目に過ぎず、やがて迎える4月1日の方が「リセットの始期」としての感覚が強いのではないだろうか。フィニッシュまで残り3カ月。年度末に向けて目標達成のための追い込みとなる時期に差し掛かった。いつまでもコロナを言い訳にできるはずはないものの、手詰まり感満載で観念した企業人も相応に存在するかもしれない。

 わらにもすがりたい!――そんな思いから今年の運勢を調べたり初詣に訪れた寺社でおみくじを引いたりといった運試しに興じた読者もいることだろう。研究者はどんな領域にも佇む。ある心理学者は定量研究を通じて、おみくじを引くことはポジティブな感覚を得るために利用される行為と論じた。そんな行為に勤しむ人間の習性を寺社側が忖度しているためか、すべてのおみくじの中で「吉」が占める割合は8割に及ぶという。他方、占いは予期したり的中したと感じたりすることの多くがネガティブな内容と説き、くじとは対極に位置づけられるものとしている。

 くじといえば、ピーチ・アビエーションが昨年後半にリリースした「旅くじ」。あれはうまかった。キャッチコピーは「行き先を選べない旅」。行き先と合わせて記された旅先での「ミッション」の内容は、SNSにアップしない理由が見当たらないほどの絶妙な加減を突いている。ウェブに投稿すれば次の旅に使えるポイントも入手できる可能性があるとあって、ポジティブの連鎖はずっと続いていく。

 大手航空会社による「どこかにマイル」や旅行会社のミステリーツアーなど、ドキドキ感を醸成する企画は市場にこれまでも存在していた。金銭的な旨味を吟味してみると、実はそうした先行商品に軍配の上がるケースは少なくない。しかし、ガチャを引いてみるまでどこへ行くことができるのかわからないという今般のワクワク感は、コロナ禍で旅を控えていた人が多かった社会状況も手伝って一気に話題をさらった。

 利用者は言う。「自分が接している情報だけでは一生訪れることがなかった土地に足を踏み入れられた」「自分で計画を練らなかったからこそ新鮮な体験ができた」。これらは、旅行計画から手配までのすべてをスマホで自己完結することが一般化しつつある現状を如実に示している。そのことは裏返しに、旅行会社の存在価値が失われていることの証左ともいえるだろう。

 前向きに捉えるならば、旅行会社が顧客と創造すべき価値は何ら変わっていないわけである。つまり、接客トークの引き出しやウェブ上に豊富な情報量を蓄えることより、顧客にとって新鮮で、ニーズの的を射た提案を通じて、ワクワクを感じてもらえるような価値共創を可能とする戦略を考えればよい。不変ともいえる価値を創造するパートナーとして旅行会社が選ばれる理由がなく、結果としてガチャに流れたとみるのが肝要だろう。旅行会社はあらゆる運送機関や宿泊業者、アクティビティー運営企業との契約があるゆえ、さまざまな顧客にあらゆる魅せ方が単体の航空会社以上にできるはずだ。にもかかわらず下手を打ち続けている。今年こそは社会から必要とされる存在へと復帰したい。

 さて、今年度のノルマ達成はお手上げだと嘆く諸兄姉に、自分は「顧客ガチャ」に外れたと宣う御仁はまさかいるまいか。そうした人に限って「上司ガチャ」で恵まれないとかコロナさえなければと他責に執心している様が目に浮かぶ。残念ながらそのような人は「業者ガチャ」「部下ガチャ」に外れたと周囲から思われていることを認識した方が良い年になるかもしれない。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。

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