オランダの持続可能な旅、定番商品脱却の糸口に

2020.01.27 00:00

ゴッホをたどる旅には世界2位のゴッホコレクション数を誇るクレラー・ミュラー美術館は外せない

アムステルダムなど世界的な人気都市が観光公害に直面するなか、オランダ政府観光局(NBTC)はテーマ性のある旅で地方への需要分散を図っている。旅行会社にとっては、定番商品からの脱却につながるきっかけになりそうだ。

 NBTCが昨年発表した30年までの活動目標はツーリズム業界の大きな注目を集めた。従来のように多くの観光客を誘致するためのプロモーションから、需要分散化を軸とする観光マネジメントを軸足に据えたからだ。京都やバルセロナと同様、アムステルダムには多くの観光客が押し寄せ、ゴミや騒音問題などに住民が悩まされている。持続可能な観光の実現には訪問先を分散化させるマネジメントが不可欠で、他の観光組織に先立ってNBTCが打ち出した格好だ。環境問題への意識の高いオランダらしさの象徴ともいえ、シャレル・ファン・ダム・マーケティング部長は、「30年はずっと先のことのように思われるかもしれないが、あと10年しかない。いまやらなければ」と話す。脱プロモーションを表明したことで観光客の抑制という意図せぬ誤解を生んだ側面もあるが、「あくまで訪問先を多様化することが目的」だ。

 需要の分散化に向け、NBTCが力を入れるのがテーマを持たせた旅の提案だ。その一つが日本でも人気の高い画家ゴッホをたどる旅。空の玄関口のアムステルダム到着日にゴッホ美術館で世界最大のコレクションを堪能したら、ヘルダーラント州のオッテルローにあるクレラー・ミュラー美術館に向かいたい。アムステルダムから車で約1.5時間ほどのデ・ホーヘ・フェルウェ国立公園内にあり、コレクションの規模はゴッホ美術館に次ぐ世界2位。日本人FITからNBTCに寄せられる問い合わせで最も多いのが同美術館へのアクセス方法といい、関心の高さがうかがえる。

ゴッホの代表作がずらり。作風の変遷をたどることができる

 創設者のヘレン・クレラー・ミュラーは20世紀初頭、まだ知名度の低かったゴッホの魅力にいち早く気づき、数多くの作品を集めた。油彩画は約90点、素描は約180点に上る。ゴッホは不遇の人生を歩んだことで知られるが、心情とともに変わりゆく作風が心を揺さぶる。ゴッホに影響を与えた名だたる画家の作品も多く展示され、見応えは十分だ。

 ここでの醍醐味は自然との融和にある。箱根彫刻の森美術館がモデルにしたという彫刻を園内に配した造りは特徴の一つ。また、国立公園は山手線をすっぽり覆うほど広大で、自転車専用道路が整備されている。無料レンタル自転車でサイクリングに興じれば、美術鑑賞と体験型アクティビティーを同時に楽しめる。

散策がてら自然の中に展示された彫刻を鑑賞するのもクレラー・ミュラー美術館の楽しみ方

廃屋の再利用で人気スポットに

 オランダでは、環境問題や食糧問題への意識の高い若者や新進気鋭のアーティストによる廃屋の利活用、廃材を使った製品の生産が活発化している。そんな要素を旅のスポットとしてつなぎ合わせれば、テクニカルビジットとしてはもちろん、クリエイティブクラス層に訴求できそうだ。

 オランダ第5の都市アイントホーフェンは電気機器メーカー大手フィリップスの創業の地だが、現在は工場跡を利用して先進的なプロダクトを生み出すデザイナーたちが集う。目玉の一つは、運営する著名デザイナーの名を冠したレストラン・ショップ「ピート・ハイン・エーク」だ。テレビ工場を改装し、自然木や廃材を使ったデザイン性の高い家具などが展示・販売されている。

 高級レストラン「ベンツ」を備えた複合施設の「カゼルネ」にも注目したい。もともと軍警察の兵舎と産業倉庫だった2500㎡の施設をレストランのほか、展示・会議スペース、ホテルを備えたスポットに再生した。展示スペースには、廃材を利用した作品群が並び、強いメッセージを放つ。館内を案内してくれたスタッフは言う。「私たちは単に綺麗でおいしいレストランではなく、新たな気づきを与えられる存在を目指したい」

 革新的なレストランという意味では、アムステルダムなどで販売されない製品を使った料理を提供する「イン・ストック」が幅広い客層の支持を得ている。スーパーマーケット大手のアルバート・ハインが食品廃棄物を削減し、食糧問題に対する意識を高めることを目的に展開。国内で出店を加速させている。

 なお、アイントホーフェン近郊にもゴッホゆかりの地がある。ヌエネンは初期の代表作『じゃがいもを食べる人々』をはじめ、ゴッホが生涯の4分の1の作品を描いた場所。村のそこここで作品に登場する風景や建物に出合うことができる。

複合施設カゼルネの展示スペースには、再生による廃棄物の削減を訴えるメッセージ
イン・ストックの店内では廃棄を免れた食材量を掲示

ロッテルダムに先進事例

 サステイナビリティーを掲げる取り組みはロッテルダムでも多く見られる。なかでも世界初の事例として注目を集めるのが水上に浮かぶ農場「フローティング・ファーム」だ。昨夏にオープンした農場では40頭の乳牛が飼育され、牛乳やヨーグルト、チーズといった加工食品を生産し、レストランやホテルなどに販売している。牛は食品廃棄物で育て、ミルクを農場の下層部に溜まる水を利用して冷却する。利点は、都市内に農場を置くことで食品の安全性が向上し、輸送時の二酸化炭素排出などを抑制できることだ。オーナーである不動産会社の関係者が訪問先のニューヨークでハリケーンに遭遇したことがきっかけ。食料を入手することが困難な状況を目の当たりにし、生産から消費までの距離を短縮することが重要と考えた。

世界初の試みとして注目を集めるフローティング・ファーム

 市内では、コーヒーを抽出した残りかすを使ってキノコ(ヒラタケ)を栽培するロッテルズワムも視察した。豆から抽出されるコーヒーはわずか0.2%にすぎず、捨てられる大部分を肥料として活用する試み。湿度と温度を一定に保ったコンテナ内で栽培したキノコはレストランなどに出荷される。セミナーによる啓蒙や技術指導も行い、日本をはじめ企業視察も受け入れているという。

 ロッテルズワムと同じ敷地には、廃材を部屋に加工した宿泊施設「カルチャー・キャンプサイト」もある。冒険心を掻き立てるユニークなキャンプ体験が可能とあって、一般客のほか、企業がMICEで利用するとか。エアビーアンドビーにも掲載されている。

 地域に眠るユニークな素材を集めた旅はオーバーツーリズムの抑制につながる。旅行者を送り出す側の大きな責任といえるのではないだろうか。

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