リアルにせまる

2024.02.19 08:00

 深夜ドラマ「#居酒屋新幹線」の制作に携わっている。眞島秀和さん扮する損保会社の監査室に勤める主人公が、日帰り出張の帰路、街中や駅ナカで土地の銘酒とつまみを入手し、新幹線の車内でそれを楽しむというドラマ。座席のテーブルに自前のランチョンマットや箸置きを並べ、酒とつまみを並べ「居酒屋新幹線、開店」とつぶやき1人の宴を始める。

 コロナ禍真っただ中の21年冬に東北新幹線編をスタート。当時は緊急事態宣言やまん延防止等重点措置により飲食店の営業も制限され、新幹線もガラガラだった。しかし、テイクアウトして1人で楽しむというのが当時の時流に乗ったのか、深夜ドラマとしては極めて高い視聴率となり、衛星放送のアワードで最優秀賞を受賞するなど、なかなかのヒット作となった。それだけではなく、番組で主人公が選んで食した酒やつまみは各地で注目され飛ぶように売れた。

 現在は続編として、3月16日に敦賀まで延伸開業する北陸新幹線と上越新幹線編を展開している。すでに放映された3編の舞台となった地でも同様の効果は表れており、能登半島地震で厳しい状況にある北陸地域の応援に少なからずお役に立てることを期待してやまない。

 この作品の特徴の1つに、主人公が車内で1人の宴を繰り広げながら、その食材をSNSへ投稿するシーンが組み込まれている。リアルで視聴すると、本当にSNSで同じ投稿が現れる。まるで主人公と一緒にやりとりをしているかのごとくの没入感が味わえる仕掛けだ。そこから紹介された食材の名前の検索が広がり、買いたい、行ってみたいという気持ちにつながっていく。

 かつて旅番組で見た息をのむような世界の絶景にワクワクし、いつかあの場所へと思った時のようにテレビがこうして人の旅心をくすぐり、人を旅に誘うという役割をいまでも果たしているのを目の当たりにするのはうれしい。

 昔はテレビ番組を見逃さないためには録画する必要があった。でもいまは見逃し配信もあれば、衛星放送や有料配信サービスでも見ることができ、視聴の機会はとても広がった。逆に本当に見たい番組を探すには自らの意思で見たいと思う必要があり、いわゆる「ながら見」が現実的ではなくなり、情報の渦の中から選んでもらうのはむしろ難しくなってきている。

 パンフレットなど紙がほとんどだった自治体の観光プロモーションは、いまではSNSで発信したり動画を作ったりするのが主流にはなった。しかし凝った動画を確実に見てもらえる場所に流せているものは数少ない。それは誰も手に取らない観光パンフレットが何種類も案内所に並んでいるのと変わりはない。見てもらい、感じてもらい、そして実際に来てもらうにはさらにたくさんの知恵と努力が必要なのに、依然作ることにばかり注力しているのは気がかりだ。着地型商品も、素晴らしいコンテンツでもそれをきちんと伝え切れず集客に苦労する例は数多い。

 スポーツで結果の分かっている試合を録画で見るのは楽しみが半減する。ライブでも配信より圧倒的にリアルが楽しい。実際に体験できない、見ることができない映像は、どんなに美しくても旅とは違うものだ。移動が制限された時に旅の代替として登場したバーチャルツアーやVR(仮想現実)旅行は、リアルな旅ができるようになった途端、めっきり影が薄くなった。

 「#居酒屋新幹線」では新幹線に乗る数時間の間に実際に駅周辺で買えるものにこだわっている。夕方には売り切れるものは朝のうちに取り置きするシーンまで入れている。旅はリアルだからこそ意味がある。その核心に迫(せま)っているだろうか。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。

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