旅と酒

2024.02.05 08:00

 先日、唎酒師(ききざけし)と行く国内酒蔵の旅に同行した。当社が提携するルレ・エ・シャトー(欧州に本部がある宿やレストランの組織)に今春からメンバーとなった登大路ホテル奈良に連泊。食事もサービスも素晴らしい内容だった。日本酒発祥の地とされる奈良の正暦寺を訪れ、名酒「春鹿」の蔵元に酒蔵の案内と会食の場で話を伺う企画だった。同行した唎酒師は若手ながら知識も豊富でホスピタリティーにあふれている。和食会席やフランス料理のペアリングのアレンジを依頼し、お酒を選んでもらった。

 基本五味(甘味・酸味・塩味・苦味・うま味)に加え、辛味や渋味、ミネラル感や料理との相性を考えて選定したとのこと。食事のテーブルでそれを説明してもらうのだが、実際に味わいを体験しながら解説を聞くと、全員に共感が広がり場が盛り上がる。アルコールの相乗効果も相まって、このツアーは仲間旅行のようになり、リピート率がかなり高い。お酒が飲めない方まで繰り返し参加いただいているのは、この楽しい雰囲気が心地いいからなのだろう。

 コロナ禍前のヨーロッパツアーでは、ソムリエ同行でワインカーヴや星付きレストランを訪れる企画を実施してきた。レストラン「ジョエル・ロブション」のチーフソムリエが同行するということで、現地では通常見学できない有名なワインカーヴにも入場できた。食事する星付きレストランは「団体さんお断り」が多いが、私たちのグループはロブションさんご本人の後押しもあり「4人テーブルで入場時間を5分ずらして入店すれば4テーブル16人までOK」など特別扱いしていただけた。ありがたい経験だった。

 その後、ワインツアーはフランスだけでなくスペインやイタリアのワインカーヴの訪問にまで広がる企画となった。海外渡航ができなかったコロナ禍の3年間は国内のワインカーヴを訪問し、新潟や長野のワイナリーでの試飲やペアリングディナーを実施した。日本のワイン醸造家の活躍を現場で知る貴重な機会となった。

 日本ワインの旅と日本酒の旅は、ともにコロナ禍がなければ生まれなかったツアー企画である。旅と酒。旅先で体験したお酒は一生の思い出になることもある。旅の付加価値を上げるコンテンツとして酒の存在にも注目すべきだろう。コロナ禍で海外に行けなかった社員たちがプライベートで旅行し、提案してくれたツアーは灘、伏見、新潟、山形、長野、群馬など蔵元や宿からの紹介で地域が広がっていく。今後も日本各地の酒と郷土料理、そして蔵元や杜氏を交えた体験の旅を企画していきたいと考えている。

 ソムリエは目に見えない味覚や感性の世界を言語化し、共感を得る技術を持っている。ワインの葡萄品種や地域を把握し、作り手の素晴らしい点を探して具体的に表現する。唎酒師は米づくりの産地の特性や酒蔵の歴史などを踏まえてお酒の味わいを伝える。彼らと一緒に旅をして気がついたことは「良いところ探しのプロ」だということだ。

 対人関係において、ワインやお酒を見るように五感を使って人を観察し、その個性を表現しようとする振る舞いから、会話でも相手を楽しませることを大切にしていて、ネガティブな発想や発言などが全くない。独自の個性を感じ取り、それを上手に表現する技術に長けている。これは経営における人材育成の面にも示唆となる体験だった。

 個人旅行ではなかなか体験が難しい専門家同行の旅は、これからの少人数グループ旅行の、1つの形態として定着していくかもしれないと思わせてくれる旅だった。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

関連キーワード