コラボレーション

2024.01.01 08:00

 旅行業は異業種とのコラボレーション(協業)が比較的柔軟にできる業種である。昨今、重要なテーマとなっている「高付加価値化」のための解決策の1つにもなると考えている。

 当社はこれまで出版社や自動車会社とのコラボレーションを行ってきた。かなり前のことになるが、中国の三峡ダムが完成する前に、科学雑誌「Newton」と提携して三峡クルーズのチャーターを企画し、ダムができる前の風景を眺めながら船上レクチャーでダム完成後の世界をCGでご覧いただいた。この企画が評判となり、チャーターを数回重ねた。ダム完成後には再訪してクルーズをリピートする方もいたほどだ。

 「Newton」の持つ科学者のネットワークで、米国NASAを訪問するツアーも実施した。宇宙への有人飛行の研究機関があるヒューストンでは宇宙飛行士の訓練風景を見学。無人飛行を扱うカルフォルニア工科大学の研究室では、当時最先端の研究であった木星探査プロジェクトを見学することができた。小学生や高校生を対象としたツアーは進学塾と提携して私が添乗した。この旅がきっかけとなって、その後米国の大学に留学した生徒もいると聞く。

 出版社が持つ人脈をツアー企画に生かすと、通常では実現できない体験が可能となる。小学館の雑誌「サライ」の世界遺産特集のため、プロカメラマンによる中国への取材手配を引き受けた時は、取材先の世界遺産観光を一般ツアーの企画につなぐことができた。さらに同社とは画家の藤田嗣治特集の折にパリの生家や、所縁のカフェ、ギャラリーを訪ねる企画を行い、誌上で説明会を募集してツアーの催行につなげた。

 出版社は読者に体験を提供でき、旅行会社は新たな顧客を開拓できるので、双方にメリットがある。旅のコンテンツや人的ネットワークを持つ出版社との協業は特に双方の効果を上げやすい。今年は初めての試みとして「文藝春秋」と提携し、同誌に掲載された台湾の温泉記事に連動したツアーを企画した。台湾から著者を招いて当社のラウンジで特別講演会を開催し、催行人数を集めることができた。

 出版社以外とのユニークな事例としてはメルセデス・ベンツ日本と行った共同企画がある。ドイツ旅行でベンツ本社を訪れ、自分の車をオーダーする。参加者は現地の工場で好みのボディカラーや内装などを指定し、注文数カ月後に日本に輸送される仕組みだ。ツアーではドイツ中部にあるホッケンハイムのサーキットを貸し切りにして、最新モデルのメルセデスを試乗していただいた。

 F1レーサーによるドライビングのレクチャー後、数台のメルセデスでサーキットを周回するという飛び切りの体験である。「旅行業とはなんと面白い仕事なのだろう」と大いに実感した。メーカーは旅の中で自社の車が生まれる本国の生産現場を案内し、そこで生まれる製品の性能を実際に体感していただく機会を提供する。現地で車を購入した方は自身のドイツでの思い出を乗せた車を受け取ることになり、通常では得られない特別な価値を持つ車を所有する機会に恵まれる。

 最近はコンピュータを利用した仮想空間での擬似旅行体験や、チャットGPTなどのAI(人工知能)を利用した旅行サービスなどさまざまな挑戦が始まり、ますます楽しい業界になってきた。リアルな世界の体験価値を上げるための挑戦として、出版社などのメディアや各種メーカー等、異業種との掛け算で相乗効果を上げる取り組みはまだまだ開拓の余地がある。

 旅の高付加価値化のためには、異なる業種との協業による多様で希少な体験を提案し続けることが大切だ。今後の展開が楽しみである。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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