インバウンドへの挑戦   

2023.10.02 08:00

 「あなたの考える最高の日本の旅を教えてほしい」と欧州のビジネスパートナーからメールが届いた。当社は日本人旅行者を対象とした旅行を専らとしているので引き受ける部署がない。親しいパートナー会社からぜひにとの依頼なので「日本の旅」チームで受けることにした。

 初めての来日となるグループ旅行は、東京、鎌倉、奈良、京都というオーソドックスなルートになった。羽田空港で出迎えたところ、12人はオーストリア、ドイツ、スペインと国籍はいろいろ。ミュンヘンのオペラ座支配人がアテンドするオペラ座スポンサー企業のオーナー夫妻たちの旅行だった。観光では刀鍛冶の職人工房や鎌倉の寺社仏閣を人力車で巡るなど、彼らとの数日の交流で訪日旅行の楽しさを実感した。

 その後コロナ禍となったが、この「鎖国」期間にインバウンドに挑戦する準備を始めた。ネットでインバウンドを扱う企業の情報を調べると、さまざまなベンチャーや異業種からの参入などが多く、新鮮な世界だった。在宅期間中にオンラインセミナーなどに参加しながらコンセプトを考え、アドベンチャーとラグジュアリーに特化したインバウンド事業を考案した。

 アドベンチャーツアーで実績のあるアルパインツアーサービスの芹澤健一社長に相談して、ジョイントブランドACT Japan (https://actjapan.tours/)を立ち上げることにした。アドベンチャー部門は芹澤さんの会社、ラグジュアリー部門は当社が担当する体制である。先行投資できる環境ではなかったので、経済産業省の事業再構築補助金に応募したところ採択された。

 サイトを構築すると、海外からの問い合わせが入り始めた。当社は小規模なので対応に追われることのないように、一般の問い合わせを受けず欧州のパートナー企業からの紹介制という方針にした。観光庁のインバウンド実証実験として東北の旅を企画し、在日外国人を募集して3泊4日の旅に同行した。

 青森のパートナー会社の協力を得て、現地での撮影動画をウェブのコンテンツに加えた。参加した外国人に感想を聞くと、口を揃えて「5つ星の体験だ!」と感激していたのは、白神山地のハイキング後に訪れた渓流を眺める屋外でのランチだった。葉っぱのお皿の上に用意された朴葉(ホオノキ)のおにぎり、ちくわ山菜入り、ウドの醤油漬け、フキみそ、鯖ダシ味噌汁、自家製無農薬トマトなど。素朴で新鮮な料理だった。特別に川沿いに設置した屋外のテーブル席が大好評だった。

 ラグジュアリーは必ずしも高価なものではない。地元の方のおもてなしと楽しい会話のひとときが旅の一番の思い出となったようだ。アドベンチャー×ラグジュアリーのコンセプトで旅の付加価値を上げる実地体験となった。

 インバウンドビジネスは日本の魅力を再発見する事業である。いままで私たちは日本人の視点でツアーを企画してきたが、欧州のパートナーと話していると日本社会の治安の良さ、町の清潔感、人々の礼儀正しさなどが一様に評価される。人気の食事もその高いレベルに驚く人が多い。食文化も地方色豊かで各地に地酒の蔵元があり、郷土料理が季節の旬の食材とともに供される。歴史や自然景観などさまざまな点で日本の観光資源が豊かなことを再認識する。

 外国人の視点で日本がどう映るのかを考えながら企画すると新たな発想が湧いてくる。どのような順番で何を説明し、体験していただくか……。旅の高付加価値化への取り組みは日常の視点では気が付かないところにヒントがある。インバウンドビジネスへの挑戦は新たな視点を得る経験になっている。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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