競い方が変わる世界へ 

2023.07.31 08:00

 こんな高額なツアーが売れるのだろうか?

 11月に実施するカナダのツアー企画会議で不安を感じた。しかし高額かどうかは内容の価値とのバランスで消費者が判断するものだ。希少性や高額になる理由を説明すれば納得する旅行者はいるはずである。海外旅行が活気を取り戻してきたいま、海外のパートナー企業が来日したりオンライン会議をする機会が増えた。コロナ禍前と比べ、考え方や企画に変化を感じる。

 消費者の動向も変わってきた。旅行を選ぶ視点は「目に見えるものから見えないもの」へ移行している。価格や機能など目に見える数字の比較だけでなく、商品の背景にある企業理念や企画趣旨など目に見えない価値観を選択のポイントに加え始めている。

 例えばクルーズ船は大型化が進み、5000人以上を乗せるメガシップが誕生したが、大きさや価格だけでなく、どのような夢を船上の世界観として実現しようとしているかというセンスが選択のポイントになる。当社のクルーズは比較的小型・中型のラグジュアリー船が多く、季節、海域、寄港地だけでなく船の雰囲気やカルチャー、そしてクルーズ会社の理念を選択のポイントにしている。

 ホテルの世界ではラグジュアリーブランドが躍進し宿泊価格の上昇は世界的傾向である。高額化する宿泊施設では空間デザインとサービスという数値化しにくい感性の世界が競われる。大切な非日常の時間を過ごすホテル空間が自身の感性に響くかどうかがポイントとなり、価格の多少の幅は許容範囲になっているようだ。

 昨今のトレンドとしてエコツーリズムやサステナブルトラベルがキーワードになっている。これらも数値で表現するだけでなく、その理念を具体的な行動指針として消費者に伝える段階になった。日本の先駆的事例の1つは、わが国リゾートホテルの先駆けである上高地帝国ホテルだろう。開業90周年を迎える同社は「自然と共存するサステナブルなホテル」として「CO2排出量ゼロ、生ごみ廃棄ゼロ」を標榜する。客室のアメニティーは環境負荷が少ない素材を使用し、各部屋に湧水専用の蛇口を設置した。

 5月に2泊3日で同ホテルの全館貸し切り企画を行った。参加者にはホテルオリジナルの水筒が用意され、さりげなく環境リサイクル活動への参加を促していた。滞在するお客さまが上高地を散策しながら、自然環境とリサイクルに思いをはせるきっかけづくりになっている。このような企業理念を体現する取り組みが宿泊施設として選ばれるポイントになってくるのだろう。これらのトレンドを踏まえたうえで、特に高額な海外ツアーは企画の背景や理念の説明が必要になる。

 冒頭のカナダの企画は極北の地にある小さなロッジに滞在し、歩いてシロクマに会いに行く旅。シロクマの移動に合わせ年間で秋の3週間しか稼働しないロッジは8室しかなく、高額にもかかわらず世界中から予約が殺到する。日本からのツアー価格を設定すると、10日間で1人300万円近くなった。企画説明のためにツアー発表前に報告会を開催した。数十人のお客さまをオフィスのラウンジに招き、現地を視察した役員とフォトグラファーが登壇。現地の状況と企画趣旨を丁寧に説明した。結果、会場で予約希望者が定員を超え、抽選となった。

 参加希望の方からは「ツアーによる観光収入が現地経済やシロクマの保護活動を支えていることを知り参加する意義を感じた」という声があった。旅行の選択に際し、環境保護や地域貢献などすぐには目に見えない活動や理念が重視されるようになったと実感した。目に見えるものから見えないものへ、競い方が変わってきた。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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