やまいなおりて

2023.06.19 08:00

 4月中旬。3年ぶりに開催された岐阜県高山市の「春の高山祭」を訪れた。忘れていたにぎわい。名古屋からの特急列車は満席で、歴史的に貴重な山車のからくり人形の奉納を見る沿道には多くの人が出てごった返していた。古い町並みの団子や飛騨牛の串焼きを求める長い行列。いつか見た光景が戻った。

 コロナ前には年間60万人を超える訪日外国人が宿泊していた飛騨高山。日本への渡航制限がなくなり、スタンバイしていた訪日外国人が真っ先に訪れようと旅先に選んだことは容易に想像できる。ホテルの朝食会場でも圧倒的に目立ったのは外国人で、この約3年間の鎖国状態がまるでうそのようだ。

 高山祭は明かりをともした山車が街中を進む幻想的なシーンのある夜祭がハイライト。市内に泊まらないと祭りを存分に楽しむことはできない。この数年で新しいホテルが増えたとはいえ宿泊のキャパシティーは十分ではない。コロナ前まで運行されていた夜祭後の名古屋行き特急列車は走っていなかった。だとすると、いま祭りに集う外国人は相当早くから開催情報を得て、自身で取りうる手段で日本への国際線と、宿泊を予約したうえで乗り込んできたことになる。

 すっかりかつての姿に戻ったように見えているが、観光協会いわく、日本人を乗せた観光バスの数がざっくり約100台は減っているとのこと。だから余計に外国人が目に付くわけだ。早期に自ら行き先を選択し、予約にたどり着ける個人客が増えている一方で、旅行会社が商品を造成し、新聞で募集しないことには旅行すらできない日本人も多く、公共交通でのアクセスが決して潤沢でないこの地域にはバスツアーも不可欠。コロナ禍で崩れた需給のバランスは、こうして観光地の入込のポートフォリオを知らないうちに変えていることを認識せねばならない。各地で宿泊料金の高騰が起きているのは、日本人に対して予約が早い外国人が急増していることを物語っている。

 ゴールデンウイークの鉄道や航空機の利用は、報道的にいうと「おおむねコロナ前に戻った」。リベンジ消費とか、待ち焦がれていた旅や帰省とか、歯の浮くようなキャッチコピーに惑わされ、いままでのことはまるで何もなかったかのように考えるのは禁物だ。

 国際線の就航便座席数は羽田と成田発着で8割弱、関西で約6割、その他の地方空港に至ってはまだ約半分(夏ダイヤベース、ANA総研調べ)。これが日本国内でのデスティネーションの選択に影響を与えるのは言うまでもない。しかも、かつて3割以上のシェアがあった中国本土からの訪日客はまだほとんど来ていない。広域観光ルートも市場ごとのマーケティングも、かつてと同じではないはずだ。

 もう何もかも取り戻したような気になっていないか。冷静に誰がどこからどのように来ているかを分析し、それに合わせた受け入れ態勢を構築しているか。3年前には空気と雰囲気しか分からなかったこともいまはデータで把握できるはずだ。

 「病治(やまいなお)りて医師忘る」ということわざがあるが、またわれわれは同じことを繰り返すのだろうか。顕在化され報道に出ていないだけで、すでにコロナ後の観光地の栄枯盛衰ははっきりしつつあるのかもしれない。高山のように活況を呈している地域もあれば、かつてのにぎわいを取り戻すことなく苦境にあえぐ地域もあるはずだ。

 もう観光産業に支援なんていらないと言う人もいる。必要なのは支援ではなく、観光が地域に与える効果の啓蒙だということも、どこかにかき消えそうだ。そうならないように、まだあの痛みを覚えているうちに、必要な手を打とう。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。

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