旅と音楽の進化

2023.06.05 00:00

 コロナ禍の3年で社会のIT活用に弾みがついた。旅行業界もオンラインを活用したサービスが多様化し、OTAとの境界線が曖昧になってきている。話題のチャットGTPなど新しいAI技術がどのように業務に取り入れられ変化していくか、時代の大きな転換期にある。

 当社は従来、ツアー発表のプロモーションとして「旅と音楽の集い」というイベントを過去300回実施してきたが、パンデミックによる3密回避で方針変更を余儀なくされた。同じ時期、音楽家もコンサート活動が著しく制限され、世界中の音楽家が試練の時を過ごした。振り返ると旅行業界も音楽業界もパンデミックによって時代の大きな流れが急加速したことで変わらざるを得ない段階にあったのかもしれない。

 当社は国内外でグローバルクラシックコンサートを開催、昨年100回を迎えた。この活動を契機にウィーン・フィル関係者から提案を受け、世界五大陸から音楽ファンを集めるウィーン・フィルクルーズを実施してきた。オーケストラ100人とクルーズでの時間を共有し、欧州各地での演奏を体験するユニークな旅の企画だ。

 クラシック音楽はカラヤンの時代にレコードからCDへの対応が迫られ、さまざまな音源メディアが登場、現在はダウンロードして楽しむ方法が普及している。ウィーン・フィルはこれからの時代を見据え、活動の原点をコンサート会場での生演奏に立ち戻る決断をし、世界の音楽ファンとのリアルな交流の場としてクルーズ企画を実施した。船内ではいままで非公開としていたゲネプロ(リハーサル)を公開、各寄港地では乗船客が地元の方とコンサートを楽しむ企画を考案した。当社は初回から日本担当として5回のクルーズを実施。ウィーン・フィルの思惑どおり、来日時のコンサート会場では旅に参加した方々が再会する機会が生まれている。

 音楽の世界におけるダウンロードと生演奏の関係、旅行業界におけるデジタルとリアルの新たな関係は社会の変化への柔軟な対応を問われている。ホテルやレストランも同様に変革の時代を迎え、食についても会員制レストランやサブスクリプションを導入する店も現れた。あえて住所を非公開に口コミだけで顧客を増やし安定化に成功している店もある。SNSを利用したコミュニティー形成や、異業種とのコラボレーションはますます増えていくだろう。

 先日乗船した外国船の日本クルーズ船内で、ITを活用して出会いや旅を楽しんでいる人たちと出会った。彼らは寄港地で船会社が用意したプランには参加せず、事前にガイドマッチングサイトを利用して個人手配でガイドに同行してもらい観光を楽しんでいる。事前に寄港地のガイドを探し、メールで連絡して希望の体験を伝え、グループでは体験できない電車での移動や、地元の食事処でのランチ体験などができたと満足そうに話していた。船上でもすでにデジタルデバイド(情報格差)が広がっているという現実を知った。

 自分の周囲を見渡すと、デジタルの利用を得意とした方の中でも旅の選び方は検索で調べるだけではなく、人から聞いて当社に問い合わせをされる方が多い。旅を実体験した生の声を、信頼できる人から聞くという従来からの口コミの力は以前より顕著になってきている。 

 旅行も音楽もデジタルを利用しながらアナログ(リアル)を楽しむというバランスをとりながら変化していくのだろう。ポイントはアナログ利用で人間の顔が見えるかどうかということかもしれない。AIか人間か。これからの旅行業はITを活用しながらますます顔の見える専門家が人材として求められると思う。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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