いまさらふえても

2023.03.20 08:00

 私は1967(昭和42)年の早生まれでいわゆる丙午(ひのえうま)の学年。江戸時代初期、丙午の年に火災が多いという話から「丙午の生まれの女性は気性が激しく夫の命を縮める」と転じたという迷信だが、その影響力は絶大で、66年の出生数は約137万人と前年より約25%も減少した。

 翌年にはすぐに回復しているので、日本人がいかに迷信や噂話、そしてそれを喧伝するメディアに振り回されるかということを示している。いまでも仏滅の結婚式は敬遠されるし、逆に葬式は大安にはあまり行われない。丙午学年の私も受験や就職に有利とずっと言われてきたが、大学進学率が急増したので受験は楽ではなかったし、就職した直後にバブルが崩壊し、特に金融関係に進んだ同級生の何人かは辛酸をなめた。迷信や噂話や報道が世の中を決定的に変えるはずがないことをわれわれは何度も経験しながらも、何度も同じことを繰り返している。

 しかし、人口はその国が持続し成長していくための根幹だから迷信や世の中の空気で制御されても困る。戦後の高度成長期、いまの団塊世代が生まれた45~47年には日本の出生数は年250万人を超えていた(第1次ベビーブーム)。その後、緩やかに減少するも66年の例外を除けば安定的に年150万人以上を維持し、72年に再び200万人を超える。いわゆる団塊ジュニア世代が生まれた第2次ベビーブームである。

 新聞の縮刷版などでしかうかがい知ることはできないが、当時はむしろ急激な人口増に警鐘が鳴らされていたようだ。74年に第1回日本人口会議が開催され「子供は二人まで」という宣言が出されている。中国の一人っ子政策は学校で習った気がするが、日本で同じようなことをしていたという記憶は乏しい。「年130万人増は危険」や「危機感足りぬ日本。現状維持には一夫婦0.7人」などという、いま見ればフェイクニュースではないかと疑うような見出しが当時の新聞に踊る。

 その後の日本に第3次ベビーブームは訪れなかった。団塊ジュニアがいわゆる就職氷河期に直面したことや晩婚化の傾向がみられたことなど、要因はさまざま言われているがいずれにせよ3次がなければ4次も5次もない。昨年の出生数は80万人を割る見込み。激減といわれた丙午の66年より50万人以上少ない。これでどうやって未来の日本を、地域を維持するのだろう。課題ははっきりしているのに、真剣味が足らないように見えるのはなぜなのだろう。

 当社の予約型ベビーカーレンタルサービス「ベビカル」が急成長を遂げている。朝のラッシュ時などに自分のベビーカーに子供を乗せて電車に乗るのはしんどい、商業施設などで借りられるベビーカーはその施設の外に持ち出せない、スマホで予約し駅で借りられたらいいのに。そんな当社社員の奥様のつぶやきから始まった新規事業は、いまでは駅を超えて観光案内所やレンタカーへと広がり、この3月に沖縄でもサービスを開始して拠点は全国116カ所になった。子供が生まれると電車の移動が減り、長距離の旅行の頻度が落ちる。まだまだ子供とお母さん目線での旅行サービスは、シニア向けのそれと比べると著しく見劣りしているのが現実だ。

 人間は1年で1歳しか年を取れない。生まれた子供が働き消費をする世代になるまでには約20年。今(いま)さら増(ふ)えても、と思うなかれ。だからこそいまの子供たちは貴重な宝だ。高齢者向けサービスの仕組みを整え、世界有数の長寿国へ引き上げた日本。でも次の世代はどうなるのだろう。結局、後先など誰も考えてくれないと彼らに愛想を尽かされたりしないだろうか。それを解決してくれそうな迷信も見当たらないし。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。

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