昭和の価値
2022.08.08 08:00
若者の間では「昭和ブーム」が継続中だ。クリームソーダを「映える(ばえる)」、使い捨てカメラでプリントしたぼやけた写真を「エモい」と感じ、レコードやカセットテープ、バブル期のファッションにも興味津々らしい。
そもそも人口比を見ても、2022年1月時点で1989年(平成元年)には5歳以下だった39歳以下までの世代は37%。ほぼ4割が昭和をリアルに知らないのだから、昭和を未知の時代として捉え興味を持たれるのも仕方ない。昭和40年代生まれの筆者にとっての大正ロマンへの憧れと似たようなものかとも考えたが、彼らの昭和はもう少し現実感のある過去のようだ。
昭和末期の1987年(昭和62年)はいまから35年前だ。当時のヒットチャートには中森明菜、小泉今日子、少年隊、TMネットワークなどが並んでいる。彼らはこれらの歌を「親の歌っているのを聞いていい曲だと思った」とひとつのジャンルとして捉え、自然にカラオケで友達と歌っている。1987年時点の私にとって、35年前にあたる1952年(昭和27年)の江利チエミや美空ひばりの曲は何となく知ってはいるが、歌ってまで愛でることはなかったし、紅白歌合戦を見ても「演歌や昔の歌が多くてつまらない」などと文句を言っていたものだ。
時代の流れる速度感の違いはあるにしても、彼らにとって昭和の放っていた輝きはやはり特異で新鮮なものなのだろう。われわれにとってはノスタルジーに浸るものとして、彼らにとっては新鮮なものとして、昭和ブームはこのままずっと続きそうだ。
その一方で昭和の建築物が評価されるのはもっと先のようだ。いまでは明治時代や大正時代の建築物は文化財として手厚く保護されるケースが増えてきたが、昭和建築は耐震補強や利便性向上のためのコストが合わないため次々に取り壊されている。しかし、その中には価値のあるものも多くあるはずだ。
例えば日本橋の再開発などはその問題を最も表している。歴史ある日本橋の上に醜悪な首都高速道路の高架橋があるのはおかしいという声が上がり、首都高を数千億円かけて地下化する大プロジェクトが進行中だ。しかし、いまの日本橋が架かったのは1911年、首都高が架かったのは1963年と50年ほどの差しかない。つまり、すでに日本橋と首都高が交差している期間の方が長いのだ。
日本の道路の原点ともいえる場所であるにもかかわらず、景観を無視し、経済合理性最優先で橋と交差する形で無理やり高速道路を造ったというのは昭和の高度経済成長期をよく表しているストーリーだ。数十年後には東京の発展の歴史を象徴する奇景として別の価値を持つかもしれない。コロナ前は訪日グループが日本橋の写真を撮影していた姿をよく見かけたものだが、それはこの特殊な風景に興味を引かれていたからではないだろうか。日本橋の再開発そのものに異を唱えるわけではないが、その動機が「昭和建造物許すまじ」なのであれば、後々の後悔にもつながりかねないと危惧する。
古民家も単なる廃屋として見るか貴重なレトロ資産として見るかで価値が正反対になる。パリの歴史的景観を壊すと反対運動も起こったエッフェル塔もいまやパリの象徴だ。守るべき景観や価値観というのは世代によって、人によってそれぞれ異なるものだ。単に昭和のものは古いもの、排除すべきものというのは主に昭和の人の考えに過ぎない。後世の人にとって「エモい」「映える」と感じられる文化やモノを残していくのはわれわれの責任でもあるのだ。
永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。
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