成長のわな

2024.02.19 00:00

 部屋が汚いので替えてください。お客さまからのコンプレインではない。インターンシップで旅館の寮に入寮した学生からのヘルプだ。掃除道具があるから清掃してね、で済めばよいが、翌朝帰りたいと相談に来たそうだ。従業員の昼食が弁当というのは理解できないという苦情も私自身聞いた。調理場にもシフトがあることや従業員食堂の調理する人手もないことを説明したが、それを何とかするのが経営者ではという答えが返ってきた。この学生も当然のように宿泊業以外へと就職していった。

 消費者から生産者の立場へ。一貫して学生に伝え続けているが、どうしても生産者発想に及ばない若者が少なくない。もっとも消費者しか経験したことがなく、アルバイトでも辞めないように丁重に扱われているので仕方ない面もある。人のために働くという言葉は偽善に聞こえるようで、皆お金と自分のために働くのは当たり前だという。

 オーバーツーリズムに気をつけながら、もっと安く割引して、SNSで集客すれば観光は活性化する。そんな学生お得意の理想論はブラック化を招くというシナリオを理解できるようになるまでは少し時間がかかる。もちろん、地方のインフラを維持するにはある程度の輸送量が必要であることは正しい。しかし、まだテーマパークが必要だろうか。まだ新しいホテルが必要だろうか。遊ぶ側ではなく、受け入れる地域の側に立った時、地球人口がゼロサムに向かう中で、安く大量にという発想は人の奪い合いを生む。人とは客でもあり従業員でもある。

 新しい事業者が来ると報酬レベルは上がる。地域にとっては税収も増え、地価も上がる。しかし、これまでの事業者は従業員と客を奪われていく。地価と物価が上がった地域では住民が土地を売り、町を出ていく。人口が増え続けている時代ならよかったが、減る時代には成長のわなが待ち受ける。

 皆が投資する観光地は短期的には成功するが、地域本来の魅力を失わせることにもつながる。まさにそうした観光地が日本に増えていないか。本をただせば外国資本が儲けるだけになっていないか。リゾートとは宗主国が植民地との格差を利用し、資産を収奪していく資本主義全盛期の事業モデルだったが、もうリゾートは不要ではないか。

 申し訳ないが、お金のない学生もテーマパークももう来なくていい。単価を上げ、客数を減らす。地域の文化や環境をリスペクトし地域の価値に共感し寄付をする客だけもてなす方向に向かえば、安く割引してではない方法で地域の報酬も上がる。つまり、消費者発想しかない学生の皆さんはじっとしていなさい。そんな逆説も分かるようになるために生産者の立場を垣間見る経験を積む。

 どうすれば報酬を増やせるのか。それはインターン生でも経営者の立場で考えることから始まる。部屋が汚いのはなぜかを考え自ら清掃できる学生はどんどん成長する。これから成長が必要なのは経済ではなく人間そのものだ。

井門隆夫●國學院大學観光まちづくり学部教授。旅行会社と観光シンクタンクを経て、旅館業のイノベーションを支援する井門観光研究所を設立。関西国際大学、高崎経済大学地域政策学部を経て22年4月から現職。将来、旅館業を承継・起業したい人材の育成も行っている。

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