セグメンテーション

2023.10.09 08:00

 筆者は大学生の時に新宿の高速バスターミナルでアルバイトをした。それがバスとの出会いだ。業務に慣れるとあることが気になった。

 なぜか早番は暇で遅番が忙しい。要は利用者が午前中に少なく夕方以降に多いのだ。午前に新宿から高速バスに乗る人は首都圏在住者が中心だがその人数は少ない。しかし夕方以降は東京で用件を済ませ地元に戻る人で満席便が続く。調べると東京駅や大阪梅田などのターミナルでもそれは共通だった。高速バスは「地方の人の都市への足」として定着していたのだ。

 そう気づくと、大学の退屈なマーケティングの講義に出てきた「セグメンテーション」という用語が実感を持ち始めた。高速バスの市場を地方と大都市に二分するだけで、前者ではシェア維持のための満足度向上、後者では認知度向上によるシェア拡大という戦略が見えてくる。

 窓口での乗車券発売も業務の1つだった。飯田(長野県)行きの窓口を担当したある日。飯田は鉄道が不便な地で高速バスのドル箱だ。その日も17時発の便が満席のためキャンセル待ちを行い、それでも最後の1人が乗れなかった。40分後の次便に空席があると説明したが「なんとかなりませんか…」。上品そうなご婦人にすがるようにのぞき込まれたのが印象に残った。

 その日のバイト帰り。目の前で電車が発車してしまった。心の中で舌打ちした瞬間、飯田線のご婦人を思い出した。満席で乗れなかったのは仕方ないが、口先だけで対応したことを反省した。

 別の日、松本(同)行きの窓口でキャンセル待ちを行い、同様に1人を残し満席となった。今度は若い男性だった。今度こそ誠意を込めて説明をと意気込んだが、その人は最後まで聞かずどこかへ駆け出して行ってしまった。

 前述の通り東京/飯田は高速バスの独占市場だが、松本へは所要時間で大差なく鉄道とシェアを二分する競合路線だ。当時、高速バス松本線は毎時50分発。そして10分後の毎時00分に新宿駅から特急あずさが発車する。

 この2人のお客さま。前者が女性、シニア層、飯田。後者は男性、若年層、松本。年齢などの属性により異なる接客を求められることもあるが、この場合は他に選択肢がない飯田か鉄道も選べる松本かで接客を分けるべきだったろう。

 切り分け方が重要なのは、目の前のお客さまへの接客も、消費者という塊が対象のマーケティングも変わらない。セグメンテーションという一歩目の優劣がマーケティングの成否を左右する。

 地域独占的な事業免許制度が続きマーケティングとは無縁だった地域公共交通だが、近年の環境変化を踏まえると、全員に対し無難な最小公倍数的サービスでは限界がある。

 あの退屈な大学の講義で紹介されたさまざまなマーケティング理論も、公共交通の現場事例に当てはめ具体的な解説を重ねれば命が吹き込まれる。活用の余地は大きいと信じている。

成定竜一●高速バスマーケティング研究所代表。1972年生まれ。早稲田大学商学部卒。ロイヤルホテル、楽天バスサービス取締役などを経て、2011年に高速バスマーケティング研究所設立。バス事業者や関連サービスへのアドバイザリー業務に注力する。国交省バス事業のあり方検討会委員など歴任。

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