写真の力

2023.10.02 08:00

 かれこれ7年の付き合いになるフォトグラファーがいる。米国で16年活動した後に拠点を日本へ移して以来、マーケティングに欠かせない写真の撮影を頼んでいる。いまではその力は多くの業界で評価され、岸田首相やテニスのジョコビッチ選手など人物からファッション業界、さらには宿泊施設や海外プロモーション分野にまで及び幅広く活躍する。良いもの美しいものを見いだす感性と、それをより良くより美しく見せる力は、分野を問わず頼もしい存在なのだろう。

 せとうちDMO在籍時、海外の一流メディアや旅行エージェントにせとうちの価値を評価してもらうよう取り組んだが、19年に米ニューヨーク・タイムズによる「世界で行くべきデスティネーション」52選の7位に入ることができた。国内外で多くの反響と注目を得ることになったが、掲載に至るまでの約1年近い活動で、写真の重要性を知るエピソードがあった。

 せとうちという新たな枠組みのデスティネーションとしての新規性と、東京や京都をはじめとするゴールデンルートにはないユニークネスを訴求したことが評価され、掲載の打診があったのが発表1カ月前。併せて、せとうちを1枚で表現できる写真の提供について依頼があった。当時のストックから何点も送ったがお眼鏡にかなうことはなく、むしろこれでは掲載は難しいというようなトーンであった。

 またとない機会を逃す危機的な状況のなか、ニューヨーク・タイムズから「この写真の元データを入手してほしい。この写真は掲載するに値する」という一報が届いた。それは検索エンジンで「Setouchi」と画像検索して出てきたと推測される春霞のかかる桜越しに見る瀬戸内の景観だった。しかも同様の場所から撮影された写真は多くあったが、許されたのは指定された1枚のみ。結果的にその1枚の所有者を特定できたことで、日本では数年ぶりのランクインとなった。

 この時に学んだ教訓は2つある。1つはより多くの写真をインターネット上に存在させていくことがマーケティングの戦略上、極めて重要ということ。いまではSNSの利用が進みその重要性は一層高まる。もう1つは写真のクオリティーだ。とりわけ有力メディアにおける写真の質への目線は厳しく、その1枚が大きな成果を生み出す。ニューヨーク・タイムズが選んだ1枚は彼らの「一流の感性」に響くものだった。

 この一流の感性に応える決まった方法はなく、自らの感性を磨き続け、人の心を動かすものを届けようとする取り組みが欠かせない。感性が響き合うことで人はその地に行きたいという衝動が生まれる。写真はそれを媒介する存在としてもっと活用していくべきだと思う。

村木智裕●インセオリー代表取締役。1998年広島県入庁。財政課や県議会事務局など地方自治の中枢を経験。2013年からせとうちDMOの設立を担当し20年3月までCMOを務める(18年3月広島県退職)。現在、自治体やDMOの運営・マーケティングのサポートを行うIntheory(インセオリー)の代表。一橋大学MBA非常勤講師。

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