DAOが支える未来図

2023.06.19 08:00

 宿泊業の人手不足が恒常化している。生産年齢人口が減り続け、インフレ基調経済が合理的になる今後、宿泊業の給与・労働環境ではなかなか太刀打ちができないのが苦しいところだ。今年、日本の最多人口年齢が74歳から50歳に若返ることもあり、今後10年が人材のあり方を根本から考え直す最後の機会になるだろう。

 では、とりわけ地方の宿泊業人材を今後支えていくのは誰か。それは新たに創設されるDAO(自律分散型組織)のメンバーである。主に都市に在住、所得を得る手段としての本業はあるものの、自分で働く場所と時間を選択するフリーランス的働き方ができる人材だ。恐らく終身雇用を目指す若者はいなくなる将来、そうした人材が増え、帰属をDAOに委ねる。

 温泉地の二次元キャラクター「温泉むすめ」のファンであり、全国の温泉地を巡る「ぽかさん」たちを想像するとよい。彼らは他の温泉地を訪ねた時の奉納用にも温泉むすめグッズを買い求め、温泉地の祭壇には各地の温泉を訪ねた証しとしての奉納品が数多く収められている。商品の購入にはルーラコインというメンバー用の仮想通貨(トークン)が使われ、ルーラコインを使えばメンバーしかできないNFT(非代替性トークン)の入手もできる。この例は完全なDAOではないが、こうした自律的にできあがる組織が今後宿泊業の人手不足を支えてくれるだろう。その際、DAOに流通するのが労賃として得て宿泊料として使えるトークンだ。

 以前から住み込みで働ける宿泊業は駆け込み寺的な就労の場として社会に貢献してきた。男子直系社会の日本の家族法は弱者に配慮がなく、片親で子育てしたりDVや毒親から逃げたい女性が安心して働ける職場として機能してきた。源氏名を使ったのもそのためだ。時代は変わっても変わることなく、少子化の遠因となる家族法の下では自己の安全や承認を得られる帰属の場が求められる。宿泊業は強すぎる人間関係のため弱いつながりを求める時代に向かない面もあるが、温かく迎えてくれる家族のような組織は時々帰るのにちょうどよい。

 南魚沼市坂戸の旅館ryugonが日常を過ごす家(ケ)として「さかとケ」を立ち上げ、時々帰ってきて働く新しい家族を人材として迎え入れ始めたのは、そうした時代を予見してのことだろう。シングルルームが用意され、1日5時間ハウスワークを手伝う約束で宿泊料はかからず、残った時間は自らの本業や癒やしの時間に費やす。さかとケでは新しい関係が生まれ、第2のふるさととして帰属意識が高まっていく。

 見渡すとDXに関する情報や補助金があふれる。一方で地方宿泊業のデジタル化は世の中に20年以上遅れる。債務の個人保証でがんじがらめとなり、先々の投資ができなかった業界にチャンスが訪れている。人手不足を嘆く前に若い発想で宿泊業の社会的役割を思い出し、未来を構想してみよう。

井門隆夫●國學院大學観光まちづくり学部教授。旅行会社と観光シンクタンクを経て、旅館業のイノベーションを支援する井門観光研究所を設立。関西国際大学、高崎経済大学地域政策学部を経て22年4月から現職。将来、旅館業を承継・起業したい人材の育成も行っている。

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