新しい概念

2022.07.11 08:00

 1825年に英国で世界初の鉄道路線が開通した時、汽車の前で馬に乗った人が旗を持って先導していた。その40年後、英国に自動車が走り始めると「赤旗法」と呼ばれる法律が施行され、公道で自動車を走らせる場合は時速3~6kmの速度制限とともに、赤い旗を持って車両の60ヤード(約55m)前方を歩く人間が必要となった。他の歩行者や馬車の安全確保という建前だったが、馬車業者の権益保護のための法律だったといわれている。

 1895年(明治28年)に京都で開業した日本初の路面電車にも、電車の前で赤旗やちょうちんを持って走る告知人と呼ばれる係が歩行者に注意を呼びかけていた。どの時代においても新しい乗り物には厳しい目が向けられるものだ。現代においてその目にさらされているのは電動キックボードだろう。

 筆者はすでに都内などで実証実験中の事業者LUUPの電動キックボードを通算で100km近く利用し、その便利さを痛感している。点在する設置スポットからスポットへの移動はタクシーよりも安く、バスよりも早く、電車よりも細かに移動ができる。自転車に乗り始める時ほどの練習も必要なく、スーツのままでも乗れるのだからラストワンマイルの移動にこれ以上のものはないともいえる。今後の進化によっては公共インフラの消失した地域を救うことも可能だし、意外に思われるかもしれないが高齢者の移動サポートにも応用できそうだ。

 これまで法律上は原付自転車であったり、実証実験では小型特殊自動車として扱ったりしてきたが、施行予定の道路交通法改正案では、最高速度が時速20km以下など一定要件を満たす電動キックボードを新たに「特定小型原動機付自転車」と区分した。施行後は16歳以上なら免許不要かつヘルメットの着用は任意となり、車道に加えて普通自転車専用通行帯や自転車道での走行が可能になる。

 すでに街に広がり始めたキックボードを野放しにしないために急ぎ法制化されたことを評価する声もあるが、拙速だと不安視する意見も多い。いまでも一部のユーザーが違法車両で公道を乗り回したり、飲酒運転や危険運転をしたりする姿が報告されるなか、社会の秩序が乱れることを危惧するのも当然だ。円滑な施行には法規だけでなく、走ってよい車道や自転車道の明確化、その区間での違法駐車撲滅などのサポートが必要だ。

 また、今回は見送られたがやはり何らかの免許は必要だろう。交通法規の知識も確認しておく必要があるし、何より自動車やトラックから自身がどう見られているかを知っておくことが安全運転には重要なことだと思うからだ。逆に運転中はミラーやメーターはほとんど見ることができず単なる飾りなので装備の取捨選択も検討を継続すべきだ。もともと交通法規は毎年のように柔軟に変化させてきた歴史があるので今回もそうなるだろう。現時点で課題や不安があったとしても、新しい概念の乗り物を社会に溶け込ませるためには、安全を確保した上でまずやってみることが必要だ。

 例えば20年前に登場したセグウェイは日本の法制度ではどの車両区分にも該当せず、解禁できなかったことで日本では全く利用が進まなかった。いまでは特区申請による実験も行われているが、もしこれを発売当初から始めていれば独自の技術開発も進み、進化した機種や新しい利用方法が日本から誕生したかもしれない。先の赤旗法の影響で英国の自動車開発にブレーキがかかり、ドイツやフランスに遅れをとる結果を招いたことを忘れてはならない。

永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。

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