TUIを退任したヨーセンの遺産

2023.01.16 00:00

 新型コロナによるパンデミックで世界の観光業界は苦闘を続けている。ドイツに本拠を置くTUIもコロナ禍を乗り切ったかのように見えるが、陣頭指揮を執ってきたフリードリッヒ・ヨーセンが22年9月末に退任したことをフィナンシャル・タイムズ紙が報じた。

 TUIは世界各地に1600を超える旅行会社、150機の航空機、400以上のホテル、16隻のクルーズ船などを保有する世界最大のツアーオペレーターで、従業員数は最盛期の7万人から4万人規模に減少したものの、航空機、ホテル、クルーズ船などはその規模を維持している。12年に通信業界から転身したヨーセンはTUIでの自身の最大の遺産はパンデミックを乗り切ったことと回想する。

 武漢が封鎖された20年2月時点でTUIの予約状況は過去最高だったが、3月中旬のドイツ国境封鎖の影響は大きく、続く3カ月の収益は前年同期比2%に激減、通期で32億ユーロの赤字となった。国境封鎖後に最初に行ったことは資金状況の確認。この時点で危機を乗り切れる確信はなく、最初の数週間は社内会議、投資家、銀行、政府との交渉など、数時間の睡眠以外は資金手当に奔走した。その際、彼を支えたモットーは「企業は人なり。システムやプロセスにはあらず」「変更不可能なことについては考慮せず」の2点で、危機を乗り越えられたのは自身の築いたチームワークの賜物という。

 コロナ第1波の後、TUIは大幅なコスト削減を行うが、最大の援軍はドイツ政府による50億ユーロの融資で、これによりTUIは生き残ることができた。政府の支援判断はTUIがコロナ危機前から優良企業であり、立ち直るという確信があったからだろうと推測する。

 かつてのTUIは旅行部門の統合、クルーズ船やホテルへの投資など戦略的構造改革ができていなかったが、部外者として業界全体を俯瞰するヨーセンがそれを実行した。ホテル、クルーズ船、航空機などへの戦略的投資で、TUIが優良な垂直統合型のビジネスモデルに変貌を遂げたのは大きな遺産である。そのため、エアビーアンドビーなどと同じ土俵での競合に巻き込まれることがなかった。178年の歴史を誇ったトーマスクックが19年に清算したことを見れば明らかだろう。

 TUIの21年度決算は前年度より好転。税引前で25億ユーロの赤字となるものの、フリーキャッシュフローが30億ユーロ改善した。22年夏の予約状況もコロナ前の水準に回復しており、販売単価はコロナ前を22%上回る。むろん、コロナに加え、エネルギーやインフレなどの危機は続いており、先行きは楽観を許さない。

 航空便のキャンセル・遅延などによる経費支出は現在も深刻だ。観光需要は大きいものの、銀行への負債は20億ユーロあり、経営改善には数年かかると見る。また、ロシアのオルガルヒ関係者によるTUI株の取引問題も予断を許さない。

 新型コロナは洋の東西を問わずあらゆる産業に大打撃を与えた。とりわけ人流を基盤とする観光産業への影響は大きく、回復は容易でない。「経営は悩みの継続」との格言がいまほど身に染みることはない。再生を目指すTUIの動きはこれからも目が離せない。

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