正しい妄想力による挑戦

2022.09.26 08:00

 新しい事業を興す時には、論理的に計画を立案して、迅速にその仮説を検証しながら実行するというのが勝利の方程式である。具体的には、潜在需要の確認に始まり、想定される市場規模の把握、そして中長期での成長の可能性を見定めて、最後に競合分析と自社の強み・弱みのチェック、いわゆるSWOT分析を経て、最終決断をする。

 中でも前例のない新しいサービス・商品ともなれば、当然予測困難な要素が多く、どうしても論理的に仮説検証を積み上げながら、計画を都度見直し、そして精度を上げて実行していく必要性がある。このことにいささかの疑問もないのだが、その過程にはいくつかの落とし穴が潜んでいる。

 1番よくあるのが、仮説の検証に時間をかけすぎる「慎重派」主導による失敗だ。時間というのはいわば事業推進スピードそのものでもある。基礎研究とは違って、やるかやられるかのビジネスの世界では、慎重すぎたためにタイミングを逸した、他社に出し抜かれた、という事態は実に口惜しいものだ。そうならならないためには、事業成否の肝となる仮説の検証をいかに短期間でできるかが鍵となる。

 次にあるのが、需要の読み違いである。特に技術主導で「これはいける」と、いったん社内で盛り上がってしまうと、この最も大事なチェックを怠りがちになる。過剰な「妄想派」主導による暴走例である。この対策としては、現存する他社の代替的商品に何があるのか、どこが決定的に違うのかを消費者目線で厳しくチェックしていくことだ。

 ただ、それでも陥りがちなのが、論理的すぎる事業計画、いわば「論理至上派」主導のケースだ。これがなぜいけないのか。実は事業には未来を空想する正しい妄想力も必要であり、それが欠如しているからなのだ。

 成功する事業を後から冷静に分析してみれば理解できることだが、世界的に浸透したサービスというものは実にシンプルで感動的である。複雑なものはほぼ何ひとつない。特にIT業界ではそれが顕著である。GAFAの成功はまさに、それぞれの道で各社がシンプルを極めた結果であって、それらが圧倒的な差別化要因となって、いまの繁栄がある。

 では、どこまでシンプルを極めていけば、ユーザーが喜々として使ってくれるのだろうか・そして、友人に自慢してくれるのか。ここが1番の鍵である。本当に画期的なサービスは、ここなら自分が欲しいものがみつかりそうだ、次はもっといい商品が出てくるのではないかとユーザーが正しく妄想してくれる。これは期待という名の妄想である。つまり作り手が妄想するのではなく、利用者が妄想できること。これこそが、新規事業について成否の鍵を握っている最も大事なポイントだと私は考えている。

 さらに一度小さな成功をしてからも、まだ落とし穴はある。早すぎる多角化経営である。多角化というのは、その道で圧倒的なトップの地位を固めてから初めて考えるべきことであって、1つの成功で勘違いして早期に横展開すると大抵は失敗に終わる。とにかく新規事業には落とし穴がたくさんあるのだ。

 最近、ウイズ・アフターコロナを見据え、新規事業の相談をいただく機会が多い。その際、市場で正しい妄想が起こるかどうかの見定めを重視するように助言させていただいている。言うは易く行うは難しだが、私自身もそろそろ次の挑戦を正しく妄想すべき時がやって来ているのかもしれない。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。

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