虚業と実業

2022.08.29 08:00

 1990年代初頭に起業したころ、「将来何で生計を立てていくのか」と質問されたことがあった。情報産業だと答えると、「情報などが産業になるのか」と真面目な顔で問い返された。恐らくその人は「IT産業は虚業だ」とでも言いたかったのだろう。

 その後、まずは生計を立てるために、市場調査から事業化を始め、次第にマーケティングの総合コンサルティングへと事業の幅を広げていった。日本市場に参入したい業界をターゲットに、外資系の大手自動車メーカーと大手IT企業に的を絞った。すると、今度はまた別の人が「市場調査は目に見えるからまだ分かるが、マーケティングのコンサルタントとは何をする仕事なのか」と問うてきた。これまた虚業だと言いたげな様子であった。

 どうやら人間という生き物は目に見えないものは信じないという性癖があるらしい。それも分からないではない。目に見えるものは分かりやすい。目に見えなかったり見えにくいものはうさんくさい。そう思う人が多くても無理はないだろう。

 そこで大学時代のゼミ担当教授の言葉を思い出した。私は金融論を勉強していたが、教授は常日頃から「金融業は産業の裏側を支える血管にすぎない。実業たる身体そのものがあって初めて成り立つ。君たちも実業界にもっと就職しなさい」と。当時は金融を教えながら一体この人は何を言っているのだと不思議な気持ちで聞いていた。だが就職する際に何の因果か、なかなか就職先が決まらない私を拾ってくれたのは、実業の代表格たる製造メーカーだった。

 そもそも、なぜ日本には虚業などという言葉があるのだろう。海外ではこのような言葉はほとんど聞いたことがない。むしろ、日本では虚業の代表格とされるハイリスクハイリターン商品を扱う金融業やコンサルティング業はだいたい世界的にトップ企業が多い。

 日本ではいまだに何か事件があると、自称コンサルタントとか、いかにも怪しげと言わんばかりにニュースのトップラインでコンサルティングの名前が登場することがある。形式や外見ばかり気にする日本人ならではともいうべき、おさまりがよく安心感のあるものが実業とされてきたいい例ではないかと思える。

 そこで私なりに実業と虚業の定義を考えてみた。実業とは自らリスクを取って商品やサービスを創造する行為で、虚業とはリスクは他人に押し付けて成果部分だけを搾取することを意図する行為である。そう定義すると、虚業とはほぼ詐欺行為に近いということになる。

 私は自らを実業家と名乗っている。サラリーマンだったころからいまに至るまで、どうすれば何かの役に立てるのか、何か新しい物を世界に送り出せないか、そのようなことばかり考えていて他のことにはあまり興味が持てないのだ。だが、自分自身、かつてコンサルタント事業がメインのころ、虚業人扱いされた経験があって実に悔しい思いもした。私が起業したころと比較すると、現代はかなりネットビジネスが普及し、ベンチャーを起こす人が格段に増えたことで、少しずつ虚業のレッテルを貼られることも減ってきたのは喜ばしいことだ。

 最近、同じ大学の後輩で、大手旅行会社を退職して実業家の道を歩み出した人がいる。長年勤務した大手企業を飛び出してのことで、勇気あるすばらしい決断だと感じた。宿泊ビジネスのコンサルティングをしているようで、私の前職の会社にも同じ道に進んだ人がいる。両名にはぜひ、実業家として大いに新サービスを創造されることを期待したい。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。

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