『京都・六曜社三代記 喫茶の一族』 近代史にも通ずるファミリーヒストリー

2023.11.06 00:00

樺山聡著/京阪神エルマガジン社刊/1760円

 京都は喫茶店大国だ。大げさでなく1ブロックごとに喫茶店がある。おしゃれなカフェはもちろん、昭和っぽいザ・喫茶店も元気いっぱい。近所の喫茶店でコーヒーを飲んでマスターとおしゃべり、という喫茶文化がいまも息づくのは京都の魅力の1つでもある。

 イノダコーヒ、フランソア喫茶室、前田珈琲など名店ひしめくなかでも私がいちばん好きな味が、六曜社地下店のオリジナルブレンド。使い込まれたカウンターや落ち着いたインテリア、行き届いた接客など全部素敵だが、1階は喫茶、地下は夜はバー営業でコーヒーの味も違う営業形態が不思議だった。その答えが本書にあった。

 六曜社の種は終戦直後の満洲で芽生えた。敗戦国民として辛い日々を過ごしていた20歳の小沢八重子のオアシスが屋台「小さな喫茶店」のネルドリップコーヒー。無愛想な店主の奥野實と八重子はやがて結ばれ、實の故郷・京都で喫茶店を開業。1950年に現在の場所で六曜社が誕生した。

 復興期、京都の繁華街・河原町を歩くことは「銀ブラ」になぞらえ「河ブラ」と呼ばれ、豆にこだわり、内装も凝った六曜社は街ゆく人、学生、作家や学者など多くの客でにぎわった。瀬戸内寂聴も顧客の1人だったそう。

 時代は移り、70年代になると息子たちが六曜社の主役となる。ボブ・ディランに憧れた三男の修はオクノ修として音楽活動をしながら自家焙煎にこだわり、理想の喫茶店を目指す。その息子・薫平も反発しつつ店を守ることを選び、100年続く店を志している。

 一つの喫茶店の歩みを追った本だが、読み応えのあるファミリーヒストリーであり、日本と京都の近代史にもなっている。読了後は、六曜社のコーヒーを飲みたくなること請け合いだ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。

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