『イラク水滸伝』 一流の粘り強さと説明能力は圧巻

2023.09.25 00:00

高野秀行著/文藝春秋刊/2420円

 すごっ。

 ページを繰るごとに感嘆の声しか出なくなってくるのは、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」がポリシーのノンフィクション作家の最新刊。

 そもそも行けるのか、というイラク情勢だが、本書の舞台はそんな疑問を軽く飛び越えた、湿地帯アフワールだ。

 文明のあけぼのの地、チグリス・ユーフラテス川の合流地点付近に広がる広大なアフワール。世界遺産であると同時に、湿地と共存する水の民が暮らし、さらに反政府勢力が逃げ込むような地でもあると聞いた著者は、この地をアウトロー集団が活躍する水滸伝になぞらえ、探索を決める。

 謎の古代宗教マンダ教。湿地に集ったコミュニストたち。水牛の民マアダン、詳細不明の民芸・マーシュアラブ布……。次々出てくる謎にも魅了されるが、やっぱり驚くべきは著者の手法。ソマリアでは海賊の「見積もり」を取ってみる、という営業マンみたいなアプローチにうなったが、この湿地帯では「舟大工を探して舟を造ってもらおう」という目標設定がナイス。

 具体的かつ現地人に身近な目的を置くことで必然的に多くの人と出会い、社会の仕組みを知り、想定外の文化にも出合えるというわけ……だが、誰にでもできることではない。著者一流の粘り強さ、めげなさ、実行力、人懐っこさ、人を信じる力。そして私が密かに「探検界の池上彰」と呼んでいる説明能力の高さで、読者は未知の世界をご近所散策みたいな気分で楽しめる。

 「やった者はやらない者より常にえらい」とアフワール人を称賛する一文が出てくるが、そのまんま著者に捧げたい一言だ。見事なノンフィクションでした。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。

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