米都市交通システムの苦難

2023.07.10 00:00

 米国の大都市交通システムのいくつかが岐路に立たされていると、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WST)が伝えている。理由は利用者低迷と犯罪増加、公的援助の先行き不透明である。

 コロナ禍が過ぎて、オフィスに通勤者が戻りつつあるものの、地下鉄・バス・通勤電車はまだ定員を下回る。このため、公共バス、地下鉄、鉄道の資金調達モデル(利用者の運賃と公的資金の組み合わせ)に不安が生じている。米連邦公共交通局(FTA)によると、19年の全国公共交通機関の営業利益に占める運賃の割合は約3分の1だった。

 ニューヨークやサンフランシスコなどでは市当局が緊急資金を提供し資金不足を埋めている。米連邦議会も20年と21年に3回に分けて計約690億ドル(約9兆円)のコロナ救済策を承認した。しかしこうした資金も底をつきつつあり、交通当局は新たな資金手当方法を模索している。

 そうしたなか、ニューヨーク州都市交通局(MTA)が月曜と金曜の運行本数を一部削減し、運賃を引き上げる計画を公表するなど利用者減がサービス低下を招く悪循環に陥っている。

 米国公共交通協会(APTA)の統計によると、米国全体では23年3月期の公共交通機関の利用回数はコロナ前の70%。運行削減を食い止めるため、交通当局は新たな収入源として交通渋滞緩和の名目でセントラルパーク以南のマンハッタンに入るドライバーに課金し、年間10億ドルを調達する制度を準備中で、連邦政府も注目している。他にもマリファナの販売やカジノライセンスに対する新税で資金を調達するアイデアも出ている。

 利用者減は別の問題も引き起こした。ニューヨークではコロナ下の経済的困難と意識変化から不正乗車が増え、年間5億5000万ドルの減収になった。治安悪化も課題だ。ニューヨークの地下鉄は終夜運転で夜間乗客の少ない地下鉄車両や人けのないプラットフォームは恐怖感を高める。利用客減は交通犯罪を増加させ、さらなる利用者減につながる。おまけにニューヨークでは銃口を向けられても発射しない限り軽犯罪とみなし立件しないとの方針も犯罪増加を助長している。

 警察は22年に交通機関で起きた重犯罪は前年比30%増加したものの、ニューヨーク市全体の2.6%に過ぎないという。問題はいつどこで暴力犯罪に遭遇するか分からない点にある。MTAの調査では地下鉄利用者の約6割が治安への懸念から以前ほど乗車していないと回答しており、通勤に地下鉄を避け急行バスを利用する人も増えている。

 「ホームレスもひどいが、精神異常者が放任されているせいでマンハッタンに行くのは怖い」と利用者の1人は話す。MTAでは警官のホーム巡回を増やし、改札口を監視する警備員を増員、地下鉄車内の監視カメラ増設なども予定しているが、車内巡回はしていない。

 多くの大都市は観光の目的地でもある。通常の観光旅行で活用する機会は少ないものの公共交通機関は都市全体の治安状態の目安だ。

平尾政彦●1969年京都大学文学部卒業後、JTB入社。本社部門、ニューヨーク、高松、オーストラリアなどを経て2008年にJTB情報開発(JMC)を退職。09~14年に四国ツーリズム創造機構事業推進本部長を務めた。

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