旅と文化資本

2024.04.01 08:00

 40年前に出版された『旅の仕事』(1983年実務教育出版刊)で当社の古木謙三(現会長)が社長としてインタビューを受けた。「わが社は文化と楽しさを提供する会社」「大きなアメリカになろうとは思わない。小さなスイスをつくりたい」と会社のビジョンを語っている。このように当社は旅行業を核として、ホスピタリティーをテーマとした文化事業を志向してきた。

 特に音楽をテーマにした取り組みを行い、コロナ禍前までは「旅と音楽の集い」という1000人規模のイベントを東京・名古屋・大阪で開催してきた(通算344回)。また、東京と大阪のオフィスに併設したスペースで「カルチャーサロン」「サロンコンサート」をお客さまへのサービスの一環として実施してきた。

 これらの事業はコロナ禍で見直しを迫られたが、1987年からの「グローバル クラシックコンサート」は継続して実施し、コロナ禍の22年にサントリーホールで100回目の開催を迎え、1600人を超すお客さまにお集まりいただいた。多くの人が音楽を欲していることを実感した。

 コロナ禍の鎖国状態の中で、多くの人が音楽や芸術など文化活動の必要性を実感したのではないだろうか。同様に屋内にこもりがちとなった体験から、あらためて旅の意義を考える機会になったと思う。心身の健康のためには、人とのコミュニケーションや新しい体験が自身の活力の維持向上のために必要で、旅は人生に「不要不急」ではないと実感した人も多いだろう。年を重ねても好奇心を持ち続け、体力に見合ったコースで積極的に行動するシニアの方々がいま、海外旅行に出かけている。

 文化事業という言葉は営利を目的とする企業活動にはなじみにくい印象があるが、旅行企画には歴史や芸能、食や音楽、絵画や建築などさまざまな文化をテーマとした内容が多い。

 当社は特にヨーロッパでの音楽をテーマにした企画が多いが、歴史的な劇場で本場のオペラやバレエを見たりコンサートを聴く体験には、オンラインでは味わえない迫力がある。旅の体験はバーチャルでは代替することが難しいということも、コロナ禍を経験して実感したことだ。

 当社は旅と音楽をテーマとした活動から、欧州各都市でコンサートを実施してきたが、特にドイツ・ライプチヒ市にあるバッハ資料財団とは20年以上にわたる関係が続いている。バッハが活躍した聖トーマス教会でのコンサートを実施以降、さまざまな協力をいただいてきた。今般ご恩返しの意味もあり、日本で設立された一般社団法人日本バッハ協会(https://bach-japan.org/)の事務局を昨年から引き受けることになった。

 バッハの作品を顕彰する研究団体として、ドイツ以外ではロンドンとボストンに続く3つ目の組織である。日本でのさらなる音楽の普及活動として、バッハを中心としたコンサートの主催が主な事業となる。地味な活動だが、少しでも貢献できればという思いで臨んでいる。

 文化を仕事にすることは難しい。そんなことを考える折、昨年亡くなった資生堂元社長の福原義春さんが著した『文化資本の経営』を読んだ。これからは文化が経済の力になるという「文化資本」の考え方に励まされる思いがした。

 旅は目に見えない商品なので内容や品質を事前に伝えることは難しい。その企画がどのような理念で生み出されたのかという企業姿勢が問われるのが文化資本の時代なのだと理解した。旅と文化をテーマとした活動が新しい時代に必要とされるよう事業を積極的に変化させ、「文化と楽しさを提供」する会社として、26年の創業60年に向けて挑戦していきたい。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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