『WILDERNESS AND RISK 荒ぶる自然と人間をめぐる10のエピソード』 こぼれ出る愛情の裏に人間の愚かしさ

2023.03.27 00:00

ジョン・クラカワー著/井上大剛訳/山と溪谷社刊/1760円

 1990年代前半、放浪の末にアラスカで餓死した青年の旅を描いた『荒野へ』(映画『イントゥ・ザ・ワイルド』原作)。96年、エベレスト登山で日本人女性を含む8人が死亡した遭難事故を描写した『空へ』。どちらも大自然やアウトドアスポーツへの理解と愛情に満ち、同時に対象への冷静な距離感を保つ文章が心地いいノンフィクションだ。今回ご紹介するのは、著者が90年代に借金取りを遠ざけるために雑誌に書いたという8つの記事と最近の2つのエッセイを収録した1冊だ。

 メディアを利用した自己宣伝が得意だったサーファー、マーク・フーがアメリカ西海岸のサーフポイントで命を失うまでのいきさつ『マーク・フー、最後の波』。商業化したエベレスト登山で不当な賃金でリスクを負わされるシェルパたちを追った『エベレストにおける死と怒り』、訴訟社会アメリカでの理不尽にも思える山岳事故訴訟『転落のあとで』、伝説的な山男ベッキーの老いてなお山への渇望が枯れない姿『フレッド・ベッキーいまだ荒ぶる』など。

 異色の内容で印象に残ったのが『愛が彼らを殺した』。アメリカで流行した荒野療法の実態だ。薬物中毒や反抗期で手に負えない子供たちを荒野に放り込み、サバイバル体験を通じて人間性を取り戻させるという療法なのだが、何人もの死者が出て問題視されているとか。追い詰められた子供の姿が痛々しくて何とも辛い。

 クライマーとしても知られる著者の筆致からは山や自然への愛情、畏怖、尊敬がこぼれ出るが、同時にそれと向き合う人間の愚かしさやこっけいさ、自然に取りつかれた人々の末路などを冷静な文章であぶり出す。特にアメリカの自然の魅力、社会の歪みなどに気付きが多い優れたノンフィクションだ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。

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