経団連・正木義久ソーシャル・コミュニケーション本部長が語る「社会経済活動の活性化に向けて」
2022.02.07 00:00
新型コロナウイルスのワクチン接種や治療薬の開発が進むなか、観光産業はいかにしてコロナと付き合いながら経済活動を活性化していけばいいのか。経団連新型コロナウイルス会議の事務局組織で同分野に精通する識者が展望を示した。
日本のワクチン接種率は、秋に政府の専門家が理想的な接種率とした60代以上で90%、40~50代で80%、20~30代で75%というレベルを達成しています。この時の議論のとおりなら、マスク着用や3密回避で感染拡大を抑制可能な水準です。
検査体制も整いました。PCR検査について岸田文雄首相は無料での検査体制ができたとコメントしています。すぐに結果が出る抗原検査の体制も充実し、厚生労働省の承認キットがイベント会場などで配布できるようになりました。また、個人が薬剤師のいる薬局でキットを購入でき、事業者が卸売業者から購入することも可能になりました。
治療薬も開発・承認が進んでいます。12月24日に特例承認されたモルヌピラビルをはじめとする経口治療薬で、軽症の段階で薬を飲んで治るとなれば、点滴用のベッドも要らなくなる。十分に生産が進んで薬が行き渡れば、クリニックでコロナ疑いの診断が出た時に飲み薬を処方してもらい、自宅で治るようになる。現在申請中のニルマトレルビルはさらに効果的とのことで、早期の承認が期待されます。
医療体制の強化は大きな課題ですが、岸田首相はコロナとの戦いについての全体像を示すなかで医療体制の強化を図る考えを打ち出し、第5波の2倍の感染状況にも耐えられる体制づくりを目指すとしています。予防・発見・治療の体制は着実に前へ進んでいます。
帝国データバンクによると、19年度に観光関連産業市場は延べ75兆円の市場規模がありました。たとえば旅館・ホテルの市場規模は約5兆円ですが、そこに食材や酒類、リネン・アメニティー、人材派遣などの関連産業が23.9兆円を売り上げています。ところが20年度はこの市場から約10兆円が失われ、約64兆円となりました。アルゼンチンの国家予算に匹敵するものが消失した計算です。
業界の体質改善も必要
失われた10兆円を取り戻すためには、意味のない自粛をなくし、本当に必要な感染対策に基づく安心感を確保して経済活動を活性化することが必要です。したがって各業界が策定しているガイドラインも科学的知見に基づく最新情報を参考に改定し、ハンドドライヤーを使用停止とするような意味のない項目は削ることが求められます。
ウィズコロナへ向けて産業界の体質改善も必須です。まずはデジタル化など生産性を高める工夫が必要です。加えて、オミクロン株は感染力が強く、職場に多数の欠勤者が出ることが懸念されます。クリスマス期に英国の飲食店では、感染したスタッフの欠勤で営業できなくなる店が相次いでいるそうです。米国では人手不足による航空便の欠航がダメージとなりました。これらは日本でも起こり得る状況であり、BCP(事業継続計画)が必要です。普段から危機への備えができているかの確認を行っていただきたいと思います。
12月の読売新聞の調査によると、政府の水際対策を評価する意見が全体の89%に達しています。これでは政治的に国境を開けることに慎重にならざるを得ません。岸田首相も国際往来に関して慎重な姿勢です。しかし、日本の地域の現場では外国人の力が欠かせない。世界中から日本へ留学生や観光客として来日して日本ファンになって帰国してもらえば、その方々の存在が日本にとって最強の安全保障です。資源小国、貿易大国の日本がこれでいいのでしょうか。世界のビジネスパーソンはすでに国境をまたいで動き始めています。
国際往来の再開には、渡航前の壁、検疫の壁、行動管理の壁という3つの壁があります。渡航前の壁として、外務省の海外安全ホームページに掲載されている海外安全情報をご覧いただくと、現在は「渡航をやめてください」か「不要不急の渡航はやめてください」となっています。これでは企業は出張を控えざるを得ません。また、日本へやって来る入国者にとっては渡航前の手続きが壁になります。3週間前までに各種証明書や日本の受け入れ側が用意する各種書類をそろえて申請する必要があります。
検疫の壁は、日本が異常に厳しい制限をかけていることです。各国はワクチン接種済みであることを条件に思い切った制限緩和に踏み切っており、主要国では日本の厳しさが際立っています。
行動管理の壁は1つではありません。11月の時点では、行動管理計画を提出すれば入国後3日間を経過すれば行動が認められることになっていました。しかし、実際には管理計画が求める内容が細かすぎました。もう1つはそもそも入国後の待機期間が長すぎる点です。米疾病対策センター(CDC)は検査で陽性だった人の自己隔離推奨期間を10日間から5日間に短縮しました。しかも管理施設での待機ではなく、自宅待機が認められます。日本では濃厚接触者は基本的に公共交通機関の利用が認められないことも壁となっています。
コロナを取り巻く環境に変化
新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの資料によると、直近のウイルスの実効再生産数の全国平均が1を超え、感染は拡大傾向にあります。ワクチン接種済みでもブレークスルー感染の可能性もあります。
しかし、ワクチン接種者の重症化予防効果はあり、死亡も抑制される。日本で第6波が襲来しても、ワクチンで感染拡大は避けられずとも重症化や死亡を抑制する効果はあります。以前と違って検査を受けやすく、発見しやすくなりました。飲み薬など軽症のうちに治療できる手段もあり、病床を増やす算段も整っています。政府もワクチン・検査パッケージを維持し、行動制限を最小限にしようと考えています。
観光関連事業者の皆さんにはぜひ工夫していただき、ウィズコロナの環境下で日本の魅力を発信し、温かく人を迎え安全に人を送り出すお手伝いをお願いします。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」。私もリスクを取って開国の必要を説いていきます。皆さんもリスクを取ってデジタル化など成長への投資を行い、海外との人の往来の必要性を訴え、制限緩和後のパイオニアとして安心・安全で楽しい旅の提案をしていってほしいと思います。
まさき・よしひさ●1992年経団連事務局入局。経済界の立場から地域振興や観光政策、エンターテインメント・コンテンツ産業政策などを提言する業務に携わる。総務本部長・管理本部長、労働政策本部長などを経て、2020年4月に経団連新型コロナウイルス会議の事務局であるソーシャル・コミュニケーション部に着任。ボストン大学法科大学院でLL.M. 取得。
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