虎の門病院の大前晋部長が語る「個人の悩み・抑うつに対して精神科医療は何ができるか」

2020.08.03 00:00

新型コロナウイルスの感染拡大で日本中に不安が広がるなか、心の問題への関心が高まっている。7月3日にザ・プリンスパークタワー東京で開催された夏期セミナーでは、経営者にとっても無関心ではいられない正しいメンタルヘルスについて、虎の門病院精神神経科の大前晋部長にうかがった。

 社会は差し迫る恐怖と得体の知れない不安の雲に覆われました。新型コロナウイルスのためです。多くの人が不安やストレスを感じ、ぎりぎりの状態で生きています。私自身も例外ではありません。不安もストレスも感じずに生活している人がいたら、むしろその人のほうが異常なのかもしれません。

 企業活動の最前線でも、不安や抑うつに悩み仕事を休んでしまう人がたくさんいます。虎の門病院では、患者さんの仕事復帰に備えて、しばしば職場の上司の方に来院していただき、本人・主治医との3者で面談します。そのとき、上司の方から、「これは病気なのか」「どんな仕事を与えればいいのか」「復帰を助けるうえで何をしてあげればいいのか」などの質問を受けます。

 精神科医の仕事は2つの段階に分けられます。まず第1段階として、精神科医療が対応すべき問題か否かを評価しなければなりません。その結果、医療ではなく、あくまでも個人や社会の問題として対応すべきだと判断する場合もあります。たとえば、職場に行けなくなった人が生活指導や睡眠導入剤を求めて来院した場合、その人の話を聞き取っていくなかで上司のパワハラが問題の中心だとわかったならば、医療対応よりもパワハラ防止が先でしょう。病院はパワハラされても平気になれる薬を処方する場ではありません。

 第1段階の評価で医療対応が必要となれば、第2段階では、症状のもととなる疾患を鑑別し、適切な治療を選択します。精神科では、患者さんが訴えるうつ気分を「悲しみ」群、「抑うつ神経症」群、「うつ病」群の3群に分けます。悲しみは大切な人を失うなどの出来事に対する、人として当然の喪失反応です。抑うつ神経症は通常ではない強い苦痛を伴い、しかも長引く抑うつです。日常語では、いわゆるノイローゼと呼ばれたりします。うつ病では喜ぶ気持ちを失い、好物を食べてもおいしく感じられず、興味や驚きの感情もなくしてしまいます。これを喜びの喪失といいます。うつ病の中核症状です。

 つまり、うつ病は3群あるうつ気分のうち1群だけです。個人が悩みを抱えきれなくなったとき、あるいは社会的に求められる機能を果たせなくなったときでも、すべてがうつ病とは限りません。

うつ病の原因はいまだ不明確

 3群のうつ気分のうち医療による対応が必要なのは、抑うつ神経症とうつ病です。悲しみに対しては、原則として医療は必要ありません。ただし実際には、悲しみと抑うつ神経症を明確に区別する基準はまだありません。そのため最近では、「悲痛な体験によってもたらされる、正常だが非常な苦しみを伴う悲しみ」も精神科医療の対象とされるようになってきました。したがって、臨床の現場では、適切な治療法の選択に加えて、患者さんに必要なのは仕事なのか、金銭なのか、話を聞いてくれる人間なのか、そして患者さんは周囲にこれらを求められる環境にあるか否か、といった環境面に対する評価も求められます。

 悲しみと抑うつ神経症を明確に区別する基準がないだけでなく、抑うつ神経症とうつ病の区別も簡単ではありません。実際に現代では、抑うつ神経症とうつ病を区別せず、まとめて大うつ病性障害として取り扱う考え方が主流です。それでも抑うつ神経症とうつ病を区別しなければなりません。治療法が異なるからです。薬物療法の位置づけも精神療法の基本姿勢も違います。

 抑うつ神経症の治療は、対症療法として不安や不眠に対する薬物療法を行う場合もありますが、個人的な悩みや社会的な機能不全については対話などを通じた精神療法が必要です。対話や薬物療法で苦痛を和らげながら、状況の改善を図り時間を味方につけて好転を待ちます。このあと詳しく述べる「励ましてはいけない」という格言は、あくまでもうつ病の人を励ますのが的外れだという意味です。抑うつ神経症はうつ病ではありません。したがって、周りからの励ましや勇気づけがときに有効です。

 うつ病は治療法が確立されています。休息と抗うつ薬の投与が有効です。精神的な働きかけだけでは改善しません。励ましても無駄だし、それはときに罪悪感や不全感をかき立ててしまい、逆効果です。確かに病気の原因はいまだに明確ではありません。しかし、治療法はわかっています。さらに、早くて3カ月、通常は6カ月程度続くものの症状は緩和できるし、その期間を乗り切れば自然回復します。こうした見通しの伝達が重要です。

患者さんを「励ましてはいけない」の意味

 うつ病の人を励ましてはいけないのは、その人が悩んだり意志が弱かったりしたせいでうつ病になったわけではないからです。肺炎だから咳をするのであって、咳をするから肺炎になったわけではないのと同じです。うつ病の患者さんを励ますのは「咳なんかするから肺炎になるんだ。だから咳をがまんしろ」というようなものです。咳をがまんしても肺炎は治りません。当然です。

 うつ病という病気だからこそ、くよくよと悩んだり、意志意欲を失ったりします。だから悩むのをやめて気分転換するよう促そうが、「くよくよするなよ」とアドバイスしようが、それは酷な要求でしかありません。また、「がんばれよ」という励ましは「今のままでは不十分だ」というメッセージを帯びて伝わるかもしれません。その人をおとしめることにつながりかねません。

 企業でもメンタルヘルス不調者に対する就労支援が重要視されるようになってきています。管理部署からは、遅刻・欠勤や休職の反復者、あるいは病休中のメンタル不調者に関する相談やセカンドオピニオンの求めが増えています。病院側も対応体制を整えており、虎の門病院では15年から就労支援カウンセリングの研究を開始し、心理相談を行っています。必要があれば、気軽に虎の門病院の初診予約にお問い合わせください。

おおまえ・すすむ●兵庫県出身。東京大学医学部医学科卒業後、同大学附属病院分院神経科に入局。精神病理学を専攻。以後、精神医学研究所附属東京武蔵野病院、東京大学医学部附属病院、虎の門病院分院から本院を経て2011年4月から現職。

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