JTB田川博己取締役相談役が語る「国際交流復活に向けた次のステージへ」

2021.08.16 00:00

海外旅行ビジネスに携わる者がいま一番聞きたいであろう講演テーマ「国際交流の復活」について、7月16日のトラベル懇話会例会で講師役を務めたのはJTBの田川博己取締役相談役。コロナ禍で窮地に立つ国際交流を復活させるためには何が必要か。新たなトラベル&ツーリズムへの期待についても語った。

 これからわれわれが取り組まなければならないことは何なのか、いくつかの条件があると思います。この1年半、東京商工会議所の副会頭として、あるいは日本生産性本部の理事として参加した会合等を通じて、あらためて重要だと確認した事柄から説明します。

 1つ目はデジタルトランスフォーメーション(DX)。旅行業界はDX が遅れた環境にどっぷりつかってきた面があるので最初に指摘しておきたい点です。

 2つ目が原点回帰です。自分の会社や組織がどういう存在基盤の上に成り立ち、どのように社会貢献できるのか原点に立ち返って見つめ直すことが必要です。

 そして3つ目にニューノーマルへの認識です。新しい時代とは何かを見極めなくてはなりません。たとえば1970年代、まだ海外旅行もインバウンドもマーケットがなかった時代に、どうマーケットをつくっていくべきなのか、先達たちが議論したプロセスがあります。今度は私たちが自ら考え、次世代のデザインはどうあるべきか、白紙から絵を描かねばなりません。

認識すべき経済効果の大きさ

 こうした視点に基づいて、データを確認していきたいと思います。まず国際観光市場の長期予測について。国連世界観光機関(UNWTO)はアジアの国際観光到着人数が30年には世界の総到着人数の3割に達すると予測し、次代を担うとしています。また世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)は4月にカンクンで年次総会を開き、実参加の600人とオンライン参加の1000人に向けて、グロリア・ゲバラ会長(当時)が「私たちは19年には戻らない。前へ進む」とスピーチし、危機を乗り越えてより強く良くなるのだと強調しました。一方、G20観光大臣会合では、パンデミックでリーマンショックの18倍の悪影響を受け、20年に6000万人の雇用と4.5兆ドルのGDP寄与額を失った旅行・観光産業に対して、1億人規模の雇用創出を求める意見を決議し動き始めています。

 ツーリズムにとって重要なポイントはネットワークです。世界全体が抱える諸問題を解決する方法として掲げられた持続可能な開発目標(SDGs)が始動していますが、ツーリズムにはSDGs の17の目標をネットワークする力があります。ツーリズムの役割は山ほどあり、これを一気通貫でやるのがわれわれの仕事なのです。しかし、JTB 総合研究所と立教大学の共同研究によると、日本の観光産業におけるSDGsの取り組みは遅れ気味で短期的なビジネスメリットを追求しがちな傾向も見られます。サステイナブルツーリズムとダイバーシティにいよいよ本気で取り組まねばなりません。

 日本における旅行・観光の経済効果を見ると、19年の旅行消費額は28兆円、雇用誘発効果は441万人、生産波及効果は55兆円と試算されます。その経済効果の大きさを認識しておくべきです。また日本は観光競争力で世界4位に位置し、気候・自然・人・食・文化のすべての魅力を持つ点でフランスと並ぶ世界でもまれな存在です。この魅力を生かした体験コンテンツをしっかり提供できる体制を整えていくことも重要です。

 必要な視点は第1に従来型の旅行スタイルの限界を認識すること。ニーズの多様化で従来型の観光旅行やパッケージツアーでは対応しきれません。1泊2日や周遊観光から脱却した新たな旅行スタイルへの転換は不可欠で早急に対応すべきです。具体的には、滞在型観光の促進、新たな顧客層の発掘とターゲティング、ワーケーションなどの促進、地域の自然・文化・人を活用し長期滞在者にも応え得る観光コンテンツの開発、健康・自然志向に対応したコンテンツ提供の5つです。

 第2にDX。しかしデジタルありきではなく、人が人を世話する価値をDX の活用によってさらに高める方向でなければなりません。

 第3がマイクロツーリズムです。日帰り旅行との違いは、地域の人々の生活を第一とし、ローカル経済圏形成への寄与に重きが置かれる点です。またマイクロツーリズムを通じて地元の再発見や再認識が進み、結果的にシビックプライド(郷土愛)の醸成につながります。

T&Tが欠かせないという意識

 ここから先は私の中でもまだ生煮えの部分も含めてお話します。次のステージに上がるため、豊かなライフスタイルを実現するうえで衣食住だけでなく、T&Tつまりトラベルとツーリズムが欠かせないという意識を強く持ってほしいと思います。トラベルとは旅行という行為、ツーリズムは移動・交流を事業として展開し旅のインフラを構築する行為です。すなわち旅と移動と交流によって豊かな世界が形づくられるということです。

 そうしたなかで旅行会社の役割をどのように見いだしていくべきか。旅行会社とは、旅行を売る流通の役割を担い、旅行をつくるメーカー機能を発揮し、旅行を開発しルートやコンテンツをつくり上げるクリエイティブな力、旅行を育てるプロモーション力やブランディング力、旅行運営にかかわるオペレーション力やツアーコンダクター力が求められてきました。これからは自らのドメインを分析し、どの事業をドメインとするか見極めていく必要があります。一方で業界の垣根がなくなった環境では連携が重要で、なかでも異業種連携が大切な要素です。これらをクリアするための条件は人財の育成であり、あらゆるツーリズムに精通した人財を確保することが求められます。そうした条件を満たしたうえで、これからの旅行会社は1人1人の人生にとって必要な行動を提供する企業になっていかねばなりません。

 「偶然は準備ある者に恵むもの」というパスツールの言葉があります。われわれはパンデミックの影響を打ち破るための準備をどれだけしているのか。いまから半年が正念場です。東京商工会議所は東京都にワクチン証明書やGoToトラベル等の観光需要回復施策の活動等を提言しています。こういう活動を続けつつ、大きな国際的なイベントである25年の大阪・関西万博に向けて新たなステージをつくり上げるよう努力していきましょう。

たがわ・ひろみ●東京都出身。1971年慶応大学卒業後、日本交通公社(現JTB)入社。川崎支店長、米国法人副社長、取締役営業企画部長、常務取締役東日本営業部長、専務取締役を経て2008年代表取締役社長、14年代表取締役会長。20年6月より現職。東京商工会議所副会頭、日本商工会議所特別顧問、WTTC副会長を務める。

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