JTB総研の波潟郁代部長が語る「デジタル社会における人々の 行動と価値観、旅行の変化」
2019.03.04 08:00

生活者の行動は旅行市場を大きく左右する。ところがその変化を敏感に感じ取り、半歩先を行くのは至難の業だ。必要なのは、消費の世代交代を予測し、テクノロジーの進化がもたらす未来の旅行を想像すること。JTB総合研究所の波潟郁代執行役員企画調査部長の講演には多くのヒントがあった。
IoTやビッグデータ、AI(人工知能)による技術革新によって第4次産業革命が進む今の産業界では、大きく3つのことが可能になるといわれています。それは、個々にカスタマイズされた生産・サービスの提供、既存の資源・資産の効率的な活用、AIやロボットによる人間の労働の補助・代替です。それによってもたらされるのは、人々が潜在的に欲していた新しい財やサービスを享受できるようになること。シェアリングエコノミーやフィンテックもこれにあたります。
こうした変化を受けて商品やサービスを提供する側にも変化が求められています。マーケティングは、製品をどうやって売るかを考える「生産主導のマーケティング」から、顧客が欲しいと思う製品をどう作りどう売るかを考える「顧客中心のマーケティング」へと変化してきました。フィリップ・コトラーは著書『コトラーのマーケティング4.0』で、現代は「デジタル社会における人間中心のマーケティング」の時代になったと言っています。彼は、人を顧客の一側面で見るのではなく、人格や社会的立場を含む総合的な観点で捉えるべきで、それによって人間的価値を支持し、表現する商品を生み出すことが現代のマーケティングに必要だとしています。
また第4次産業革命は業界の垣根をなくします。最も象徴的なのは自動車業界です。旅行や観光業界も異業種が次々と参入していますが、どの業界も危機感があるのは同じです。企業の商品の売り方にも変化が見られます。シャープは「ヘルシオデリ」を調理家電として販売するだけでなく、ボタン1つで作れる料理キットの通販を行いヒットさせています。つまり商品の機能よりも、商品を利用してどのような体験ができるか、ユーザー体験を重視し、モノをコトで売る、あるいはモノをサービス化する方向へ進んでいるのです。
以上のような産業の潮流の変化から、企業と顧客の関係も変わってきています。若者は、購入した商品やサービスに関して半数以上が自分のSNSで発信し、シェアリングエコノミーに象徴されるような個人間のゆるいサービスになじんでいます。それにより、CRMによる顧客の囲い込みや売って終わりといった企業から顧客への一方的関係ではなく、アプリやSNSによる企業とのゆるくポジティブな関係に変化し、ユーザー側の友達申請で主体的に企業とつながったり、商品やサービスの体験の投稿を通じたブランド価値向上への関与など、ブランディングに関わるようになってきています。
デジタルネイティブが牽引役
観光も変化しています。旅の動機は、非日常の体験から異日常に変化しています。つまり外国人旅行者にとって交差点は日常的なものですが、渋谷交差点の光景は日常ではなく、興味ある異日常体験です。旅の目的も単なる名所・旧跡・物見遊山から、個人の価値観や志向を反映したものに変わり始めています。
若者にも変化が見られます。1つの特徴は男性が旅先での交流に関心を持っていることです。旅先での交流への志向を年齢別に調べたところ、男性20代は「地域の交流に参加するなど積極的な交流を持ちたい」「地域の日常生活に触れたい」などの項目で最も高いスコアとなりました。
若者の出国率にも注目です。20代男性と女性のいずれも、12年には高かった出国率が15年にいったん低下していますが、16年以降は再び上昇しています。一方、消費の牽引役だった団塊世代は男女とも伸びず、海外旅行から消費の世代交代が始まっています。新たな牽引役は20代です。日本の人口は減少しているにもかかわらず、海外渡航者数は18年に過去最高となり、まだポテンシャルのある成長分野といえます。それを牽引しているのがデジタルネイティブの若者たちです。
消費の世代交代の節目となるのが、次世代シニアで黎明期のネットユーザーだったバブル世代と、スマホネイティブで世界的に注目を集めるミレニアル世代、ポストミレニアル(ゼネレーションZ)世代です。ミレニアル・ポストミレニアル世代が注目される理由の1つは世界的な人口構成の大きさです。日本では人口の30%程度ですが、世界的に見ると50%を占め、訪日市場の主力もこの年代です。世界観光機関(UNWTO)は将来的に世界の旅行消費の20%を占めるようになると試算しています。この世代に注目すべきもう1つの理由が他世代への波及パワーの大きさ。デジタルネイティブ世代はデジタル商品やサービスを一番早く使い、自らがメディアとなって世に広めます。
世代の特徴は、自由でリベラルな発想、所有に執着しないライフスタイル、社会貢献意識の高さなどです。親との距離感が近く、友達親子ともいうべき関係性があります。旅行や音楽に関して子がバブル世代の親の影響を受けたり、デジタル機器やファッションでは親が子の影響を受けたりしています。
AI時代に重視するのは適切なオファー
旅行のネット申し込みは今や主流であり、AIに相談する時代が来ています。人なればこそというサービスは何なのでしょうか。当社の調査で店舗で旅行相談をしない理由を聞いたところ、多いのが「ネットで十分」、「待たされる」、「わざわざ行くのが面倒くさい」、「説明するのが面倒くさい」。一方、「スタッフに知識がないから」や「対応が悪いから」はわずか。顧客ロイヤリティーを上げるには、期待以上のサービスより顧客の手間を減らすほうが効果的というレポートもあり、旅行の店舗をどうするかより、人間としての顧客の利点から考えるほうが得策かもしれません。
人は人間とAIのサービスのどちらを選ぶのかも調査しました。結果は、人間かAIかよりも、提供されるサービスが自分に適しているか否かが重視されており、適切なオファーをしてくれる存在ならば必ずしも人間からサービスを受ける必要はないというものでした。
最後に、将来的に観光や旅行に大きな影響を与える存在に次世代自動車があります。コネクテッドカーや旅の移動サービスを目的地までシームレスにつなぐための仕組み「MaaS」については、メーカーやインフラでなくてもアイデア次第でサービスの提供機会は旅行会社にもあるはずです。デジタル社会を前に思考停止にならずに、社会の変化を正しく認識してポジティブに自ら考えることが大切です。
なみがた・いくよ●1988年日本交通公社(現JTB)入社。支店勤務、人事部、リテール部門の販売促進などを担当。都内支店2カ所の支店長を経て、2008年にJTBグループ本社広報室長。12年JTB総合研究所企画調査部長。15年から現職。マーケティング、コミュニケーション戦略全般を担当し、生活者行動を中心に調査、研究にあたる。
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