ぬくもり
2020.09.07 08:00
今夏、親族が相次いで入院し外科手術を受けた。ただ、中等度の外傷手当や放置可能な良性腫瘍摘出の類で、大事なくいずれも早くに退院し回復に向かっている。そのうち1件は医師による手術説明の場に同席した。
入院初日、午前10時の段階で気温はすでに30度を超えていた。坂が多い都心の地形を恨み、アスファルトからの強烈な照り返しに耐えながら病院へと向かう。発汗し紅潮していたので、目的地を目前に持参した炭酸水で体を冷やす。ロビーでの検温で37度5分を上回ると病院に入れてもらえないのだ。
手術を翌日に控えた家人以上に緊張していたかもしれない。先日訪ねた歯科医院では37度を計測し、他の患者の前で時間をおいて何度も測定させられた。何よりすっかりお馴染みとなった非接触タイプの拳銃型体温計を額に突き付けられるのが、どうにも苦手だ。
この日は関門を無事通過できた。「おでこ出してくださいねー」と言われた隣の女性の様子を見ていた、毛髪の寂しい中年男性が前髪を上げる仕草をして額を付き出す渾身のボケに、検査員が送った視線による室内冷却効果が寄与した。
入院の事務手続きを終え病棟へ向かうと、付き添いの私はエレベーターホールで待機を促された。家族は病室に入れない。医師による説明までどの程度待つのか。10分ほど待っていると看護師が「外来診察終了後の13時半頃に先生が来られる」と告げてくれた。
後から聞いたが、入院手続きの時刻は指定されていたものの、担当医のアポは取れていなかったらしい。2時間ほどあるがランチと読書で時間はつぶれると思い病院を出た。例の関所は一度突破すると終日有効の通行証が発行される。真上から照らす日差しや食後のエネルギー供給による体温上昇におびえる必要はない。通行手形を片手に、朝とは違い意気軒昂と再入館した。
ただ、看護師と私がやり取りした内容を患者本人が知ったのはずっと後のことだ。病室への案内後は「放置」され、手洗いへ行ってよいのか着替えをしておくべきか、私以上に所在なげな状態でベッドに座っていたらしい。その間、勝手がわからない旨を伝えるLINEが連送されてきた。
「入院患者といってもピンピンとした身体だからケアの優先順位が低い」と自らを慰めるメッセージ。「この後の予定がようやく判明し、空き時間で院内のコンビニへ行くことを看護師に告げて出掛けた。それなのに、買い物を終えて病室に戻った瞬間に『手術に必要な紙パンツをコンビニで購入せよ』との指示に困惑した」との怒りのメッセージ……。
サービスは提供者と顧客が共同で作り上げて成立する。医療サービスにおける看護の場も例外でない。その場において、サービスが提供される経過のオペレーションを顧客へ明らかにすることは、顧客にサービスの価値を認識させ満足度を高める。今回はオペレーションの不透明さが不安を助長した。
しかし、主担当の看護師が姿を見せてからは病院の印象が大きく変わった。万全にケアしたいとのことから、入院の経緯やその時々の思い、家族の言葉、さらには宗教観や生活信条に至るまで細部にわたる聴取を踏まえ1時間ほど言葉を交わしたという。寄り添う思いを強く感じたそうだ。
無形性や生産と消費の同時性などツーリズムも同様の特徴がある。研究中のサービス・マーケティングの書を持参していたが、思わぬところで実践現場を垣間見た。ソーシャルディスタンシングは確保しつつ、これからも人同士ならではの共感や協働を大事にしたい。
神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て、ツーリズム関連産業別労組の役員に選出。18年1月から現職。日本国際観光学会第28期理事。
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