リアルで生き延びる
2020.08.03 08:00

オフラインはよい。大学院の授業形態が変更され、オンライン限定から対面形式の併用になった。筆者は断然対面推しである。特にゼミナールの場合、オンラインではどうにも議論がしづらい。「イヤな間(ま)」を嫌う関西人気質にとって、会話の空白で話し出すタイミングを各々が計る「アノ感じ」はストレスだ。リアルの空間を共有するほうが会話中のアイコンタクトはスムーズに感じる。念のため、私は教員ではなく社会人学生の側である。コミュニケーションに関わる研究を通じて、実務に援用可能な知見を深めたく門を叩いた。
専門職大学院は理論と実務の架橋を担う。そして、専任教員の3割以上が実務家教員という特徴もある。筆者の通う大学院には、電通やリクルート、民間のシンクタンク、それにキャリア官僚など多様な出自の教員が揃う。実務家出身といっても、Fランク大学にありがちな陳腐化した実務経験を一方的に垂れ流すような講義を展開する教員は存在しない。
久方ぶりに、観光系の高等教育機関で実務家教員が担う講義のシラバス(講義概要)を検索した。すると、業界セミナーと見紛うような内容が布置された手抜きが相変わらず散見される。リアルな事例は耳あたりがよく、わかった気になる。受講生の満足感もあるだろう。ただ、ケーススタディーならまだしも、事例をただ聞かせる授業の意義はさほどない。事例の過程を聞いたところで再現性に乏しく、研究や学習、職場で役に立つ可能性は低い。研究業務を放棄し、自らの武勇伝や伝聞による二次情報でのゴマカシは観光学の水準を押し下げる。
さて、筆者が所属するゼミには大手新聞社で広報を担う院生がいる。彼女の研究テーマは「既存の新聞はオンラインニュースサイトへ如何に対応すべきか」。論拠にソシオ・メディア論を採用しようとしている。それは、新しいメディアが出てきたときに既存メディアとの対立構造で捉えるものではない。また、単純な技術決定論を否定する。新たな情報技術によって社会や文化が変わったのでなく、ユーザーによる受け入れられた様(さま)で捉える歴史社会的なメディア論だ。実際、「画(え)の出るラジオ」としてテレビが登場してもラジオは駆逐されなかった。新しいメディアに対して自らの位置をズラすことで生き延びている。
この思考は旅行業にも使用できる。「リアル店舗vsオンライン販売」に二分する捉え方に対してだ。リアル店舗の価値や位置づけが変わることは間違いないが、駆逐されることを前提とするのは早計と捉えられよう。そして、生き残り策が社会的文脈にどう埋め込まれるか。その検討が不十分なままに、提案価値を販売員によるコンサルティング力へ依存したところで日が暮れてしまう。そんな気づきを与えてくれた。井の中の蛙大海を知らず。学びは尊い。
40代や50代ともなると、「もう挑戦をするほど若くない」と考えがちだ。しかしながら、成功者ほど景気や人生の波に関係なく、淡々と日々の精進を積み重ね続けている。企業内労働組合の役員時代、自社の経営陣や事業の進め方に批判をぶつける社員に多く出会った。ただ、彼らは評論家にとどまり、自身どころか周囲を巻き込んだアクションを起こすことはなかった。過度な悲観と楽観からは何も生まれない。
未来の動向が予測できる社会では受け身の仕事も重要だった。だが、いまは激動の世である。能動的な働き方に変えていけるかが求められる。会社ですら未来が見えないのだから、自分の将来は自分で切り開くしかない。先のすべてが見えてなくても覚悟を決め学びに励めば道は開ける。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て、ツーリズム関連産業別労組の役員に選出。18年1月から現職。日本国際観光学会第28期理事。
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