斜陽産業の光
2020.05.04 08:00
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『店長がバカすぎて』。ストレートなタイトルにそそられる。書店員の投票によって受賞作が決定する本屋大賞で、今年の最終投票10傑にノミネートされた作品だ。
本屋大賞自体は当初から問題が指摘される。本来は埋もれた名作を堀り起こす目利きならではの選出が期待されたが、話題になった作品や相応の販売部数を誇るベストセラーが選ばれた。賞レースが話題になるにつれ、書店員票を得ようと作家や出版社による露骨な営業がはびこることで公正さが失われたともされる。冒頭の作品の舞台は書店だ。いかにも書店員の歓心を買おうとする魂胆が見える。
そうはいっても本の内容は面白い。業界は異なるものの、ツーリズムで働く人々にとっても思わず膝を打ってしまうようなあるあるネタの宝庫となっている。とりわけ、厄介な顧客の描写は秀逸で共感せざるを得ない。ちなみに件のバカすぎる店長は、ツーリズムに置き換えて表現するとこんなイメージだ。「開店時間が迫っても無駄に長い朝礼を続ける」「同質性の高い組織ながらone teamなる目標を唱え続ける」「旅行会社の店長にもかかわらず自費でほとんど旅行しない」
本書は書店員の成長物語ではあるものの、「上司がバカすぎて」と悩み、エン転職に登録したりカタカナ生保の誘いに心が揺れていたりする諸兄姉には、精神的ビタミン補給として役立つこと請け合いだ。ラストのサプライズには引き込まれる。読みやすいので休業期間中のおウチ時間の供にピッタリである。
悪評の一方、本屋大賞を評価する声に注目してみたい。文学賞は日本に数あれど、多くは作家や評論家が選考している。よく知られる2大文学賞では、ノミネートされた作品に対する評価に加え、作家の歩みや将来性、文学性も考慮しているとされる。そのため、一般人には壁の存在がちらつく。他方、本屋大賞は一般の読者に近い書店員が「気に入った小説を薦めたい」「買ってほしい本を売りたい」との直球の思想をベースとしている。
この熱量が脚光を浴び、「若者の本離れ」「町から消えゆく書店」などと暗い話題が続く出版業界を、書店員という主体が再び輝かせることとなって称賛されている。店頭の手作りPOPに力を発揮し、帯の推薦文や書評に登場するようになった。販売の現場が熱い盛り上がりでほとばしっている。
消費者が旅行商材と出会う場所は、リアルからデジタルに移った。今後もリアル店舗での旅行販売が継続されるかはわからないが、もし維持されるのであれば、販売員になお一層思いを馳せねばならない。「気に入ったデスティネーションを薦めたい」「行ってほしい旅を売りたい」とする販売員の熱量向上は再興戦略から欠かせない。
『店長がバカすぎて』では、書籍流通のバリューチェーンにおける川上(出版社)と川下(書店)のそれぞれ異なる立場が描かれるが、良い作品を市場へ投入したいという強い思いは共通している。コロナ禍後の旅行市場に、販売員が真に販売したいと提供価値に共感できる商品造成なくして復活はない。
市販の書籍には細長いスリップが挟まれる。モデルでタレントの滝沢カレンが自著の補充注文カード裏面に書店員への感謝をこっそり綴ったメッセージがバズった。「本屋さんで働くあなた様のおかげで私の本がたくさんの愛ある皆様へ飛び立つことができました。一人前の本にしてくれてありがとうございます。そして居心地の良さをありがとうございます」。川上、川下、ステークホルダー、互いへのリスペストの念を忘れたくない。
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神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て、ツーリズム関連産業別労組の役員に選出。18年1月、労組を母体とする調査研究組織を一般社団法人として立ち上げた。
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