信念と調和

2020.04.06 00:00

 世界最大のトレンドセッター・カルラングループは、今年後半の先進国におけるライフスタイルトレンドの指標をこのように考察した――CONVICTION<信念>。複雑な世界でアイデンティティを見失うことなく賢明な選択を続ける信念こそが、時代に求められる人物像を表現するアティチュードだとしている。

 主体を企業として捉えるなら、いかに本業が危機に陥ろうと、流行に手を出したり複数の事業によるシナジー効果を過剰評価してはいけないとの示唆と受け取れる。中央省庁の事務次官を先ごろ退官した某氏が教訓とした「前例や風潮にとらわれず、処方箋を考え抜き、決断したらぶれずにやり抜く」。さらっと当たり前のことを言っているが、ツーリズムと同様に既得権やしがらみが色濃く残る産業領域を所管した氏の言葉ゆえに含蓄に富む。深く心に刻みたい。

 先日、富士通総研の研究員と意見交換する折に、ツーリズムにおけるデータのオープン化が乏しい旨を指摘された。各社が競争して疲弊するのではなく、業界横断的にデータを収集し、相互にオープンデータとして利用・分析できるプラットフォームが必要との注文だった。一見した限り個社利益に反すると否定的に捉えられそうだが、データを融通することで結果としてツーリズムの市場規模を大きくするという。

 事実、建設業界の共創プラットフォーム「LANDLOG」は、参加者すべてに有益性をもたらすエコシステムが形成されつつある。IT人材の内製化が進んでいないことに加え、限定的な地位に技術者をとどめているようでは、デジタルトランスフォーメーション時代を乗り切るのは困難だ。一筋縄で事は進まないことは承知しつつ、新たな合意形成プロセスを構築する必要性の認識が求められる。

 アイデンティティを確立しつつも、共創概念をなおざりにはできない。そのベクトルは他のステークホルダーにも向けられる。顧客も例外でない。ただ、こちらの主体の一部にも利己主義が存在するために、感情労働が強いられる販売現場の状況打開策が求められる。顧客第一主義の曲解によるものや、折からの社会的閉塞感や喪失感あるいは焦燥感に起因した、隷属的・主従的な関係を押し付ける存在が少なからずある。情報の非対称性が崩壊し、デジタル変革の成熟期を迎えつつある昨今、高度な対人関係が要請されることで従業員の精神や肉体には大きな負荷がかかっている。個々の倫理に根差した価値観をベースとするコミュニティ形成が理想ではあるものの、そこからは距離がある。

 不確実性やリスクの沼で路頭に迷わないためには哲学に学ぶべし。激動の19年度末が過ぎ去ったいま、そのことをあらためて心に留めておきたい。信念と共創は一見対立しつつも運動を起こして、テーゼとアンチテーゼを総合した新たな段階に達しアウフヘーベンする。そしてこの運動が永遠に続くことで存在は発展を続けることができる。正・反・正反合の止揚を繰り返し螺旋階段を昇るように進歩し続け、絶対精神の高みに到達した先の視座を得ることができれば……。

 別の流行仕掛人トレンドユニオンは、20~21年秋冬シーズンを表すカラーをブラウンとした。対立関係を表す黒を代表としたダークカラーはどの色とも対峙してしまう。一方、ブラウンはどの色とも調和し、色との出会いで新しいカラーハーモニーが生まれる。実はカラフルであり多彩かつ未知のデザインにあふれたワクワク感を伴うブラウン。信念の黒と調和のブラウンに絶妙なバランスを持たせることで、リセットされた新しいキャンバスにどのようなデザインを施していこうか。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て、ツーリズム関連産業別労組の役員に選出。18年1月、労組を母体とする調査研究組織を一般社団法人として立ち上げた。

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