INIADの坂村健学部長が語る「5Gで変わる産業」

2019.08.05 08:00

東京商工会議所情報通信部会は7月12日、会員向けにセミナーを開き、INIAD(イニアド)の坂村健学部長が5G(第5世代移動通信システム)時代における産業の変化や経営のあり方、心構えを語った。

 もともとインターネットは冷戦時に軍事の作戦や情報をやりとりするために開発された技術が原型でしたが、平成元年(1989年)には米国によって民間転用が行われ、インターネットサービスプロバイダーが登場しました。

 インターネットの主な役割は人間のための情報の交換でした。しかし、5G時代に注目すべきは、人間のための情報の交換以外の部分です。私自身、84年には基本ソフトウェア(OS)の「TRON(トロン)」プロジェクトを立ち上げ、人間のための情報交換ネットワークでなく、モノをつなげるIoT(モノのインターネット)の考え方を提唱しました。

 人間のための情報の交換はパソコンや、今ならスマートフォンやスマートテレビをつなぐことでできます。しかし、モノをつなぐというのは、扉や机、床、空調機などのモノをネットでつなぐという発想です。トロンは組み込み用のリアルタイムOSです。先日話題になった小惑星探査機「はやぶさ2」をはじめ、家電製品やデジタルカメラ、車のエンジン制御などに使われ、IoT機器に有用なOSとして世界標準としてISOに並ぶIEEE(米国電気電子学会)の標準にも採用されています。

低電力で広くカバー

 5Gには、大容量の情報を送信可能とする点も期待されていますが、IoTでネットワークで送られるのは、照明をつけろ・消せというような短い命令が大部分です。大量の通信容量は必要なく、命令本文だけなら数バイトの情報量ですみます。

 そもそも80~90年代はローカルエリアネットワーク(LAN)の考えが主流で、1つの施設内でプリンターやパソコンを線でつないでいました。しかし5Gなら洗濯機やエアコンなどを直接、線でつながずWAN(ワイドエリアネットワーク)経由でクラウドという外のシステムにつなぐことが可能となります。

 そこではリアルタイムの反応が求められ、5Gの特徴の1つである遅延(レイテンシ)が極小になるという点が重要になります。そしてそのためには低電力で広くカバーできるLPWA(ローパワーワイドエリア)が最適です。

 たくさんの機器をつなぐと大量の電力を消費してしまうため、個々が低電力である必要があります。トロンははやぶさに積んでいるくらいですから、電池1個というような世界です。IoT機器にはトロンなどの低電力コンピューターを搭載する必要があり、ハイパワーを必要とする処理はクラウドに任せるという棲み分けが必要となってきます。

応用レベルでどうつなげるか

 多様なモノが参加する開かれたIoTでは標準化が重要ですが、昔は要素レベルの標準化で十分でした。しかしコンピューターが進歩しシステムが高度化すると、高度な応用レベルでどうつなげるかが重要になります。

 その時に重要になってくるのが、API(アプリケーション・プログラム・インターフェイス)。ここでいうAPIはネットワーク経由で、あるシステムから他のシステムに依頼をして結果をもらう約束事のことで、これを使ってシステムが許可した場合にその中の情報や機能を利用することができるようになります。

 ここで重要なのがインターネットで多用される「RESTful」というタイプのAPIで「強い標準化」は必要ありません。強い標準化は効率は良いですが応用の進歩を縛ってしまいます。冗長な可読性をもたせることで、ある意味いい加減に伝わる「弱い標準化」は、互いにすり合わせをしないで初見でもそれなりに解釈して連携できます。

 例えばホームページ記述言語のHTMLが弱い標準化の典型で、それだからこそウェブはここまで多様な応用に利用され進化してこられたのです。

日本にないオープンなマインド

 世界がこのようなAPI連携で全く知らない人同士がつながろうとしているのに、日本は本当に遅れています。クラウド、APIを知らない人がいます。一方で日本はネットワークの技術がないわけでなく、レベルが低いわけではありません。しかし、日本においてGAFAが生まれなかったのは、クローズであった点だと考えています。オープンなマインドが経営陣になかった。

 例えば、家電業界は初期のIoT化の段階で自社商品しかつなげないということをしていました。家ですべて同じメーカーの電化製品を揃える人はすごく少ないでしょう。せっかくもっと便利になるのに、結局はつながらない。一方、米国はソフトウェアなどさまざまなレベルでAPIをオープンにし、多分野で先行することになりました。

 IoTも工場内の生産設備をつなぐなど場所限定から、企業限定、さらには業界限定や応用分野限定に目が向いており、移動、建築、農林業の各分野ごとで連携してつなげるといった形で広がっています。この流れの先にあるのは「いつでも、どこでも、だれでも、なんにでも」つながるオープンなIoTの世界です。しかしこのオープン度合いが広がるのに対し、クローズ性の強い日本企業の体質と齟齬が大きくなっています。それがIoTで日本が後手に回っている根本的な理由です。

アズ・ア・サービスの時代

 APIを開放し、自分の持っているデータや技術など、どこまで有料・無料にするのかなど戦略を立てたうえで、オープンにする方向に企業体を持っていく必要があります。政府の科学技術基本計画である「Society5.0」の構想も、突き詰めれば異業種やさまざまな産業をオープンに連携させるということです。自動車メーカーが自動車を売るのではなく、移動サービスを提供する会社になるというMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の考え方はすべてのモノにいえて、最終的にはすべて「aaS」になります。

 IoTのその先にあるのは、インターネット経由でモノ、人、組織由来にかかわらずすべてのサービスをつなげるというIoS(サービスのインターネット)という考え方です。そのときに大事なのがオープンなのです。

倫理や危機管理、教育

 いま世界では新しい標準化の分野として「エシックス(倫理)」がいわれるようになってきました。IEEEでは議論をすでに始めています。

 また、よく勘違いされていますが、ガバナンスとセキュリティーは別物です。コンピューター、IoTが普及すると当然これを悪用する人が出てきます。セキュリティーは外部からの不正侵入を防ぐ、つまり不正に使わせないことですが、ガバナンスはいかに適切に使わせるかが主題です。

 オープンなIoSでは、あるモノ、データ、サービスなどに対して、どういう状況でどういう資格の人ならアクセスしていいか・いけないかの高度なルールが必要になります。ある意味単純なセキュリティーを超えて、高度なガバナンスを実現する基盤を構築する必要があります。

 これからの時代にもっとも重要なのは、教育と考えています。小学校では20年にプログラミング教育を取り入れるといっていますが、これだけAI(人工知能)やコンピューターを使う時代に、日本は非常に遅れています。エストニアは世界でいち早く電子政府化に成功した国です。

 奈良県程度の人口の国が、ロシアの脅威などの理由があったともいわれていますが、かなり力を入れてさまざまな分野の改革に取り組みました。小学校から徹底的にコンピューター教育をすべきだという教育改革も、2000年から大統領が指揮を執りました。

 今ではこの教育を受けた人たちが社会の中核となり、デジタルを基本として社会をより良く変えるというマインドが国民に浸透しています。日本はやっと20年から教育改革が始まるので、社会が変わるとしても30年ごろからでしょう。しか
し、そのときには事業者が相手をするのはプログラミングができデジタルを基本として生活をより良く変えることを普通と思う新しい消費者像です。その時にも日本の事業者がクローズであり続けるなら、確実に見放されるでしょう。

 さらに30年代には、新しい消費者に並びAIもユーザーになっているでしょう。自動運転の車いすが勝手に移動し、そのAIが信号を発することでエレベーターを呼んだり照明をつける─そういう時代にAPIをオープンにしていない機器は対応できません

IoTデバイス5000個の世界最先端ビル

 INIADではコンピュータ・サイエンスをベースとした「文芸理融合」を掲げています。そのための連携力ということで、コンピュータ・サイエンスとコミュニケーションのスキルの授業を必修にしています。連携の多様性が重要ということで、学生比率も日本人・外国人、男性・女性、新卒・既卒など1:1の割合が理想と考えています。

 授業が黒板での一方的な講義ならば家でもできるということで、質問や議論を重視しています。今後の社会変化と人材のミスマッチを解消するためリカレント教育プログラムも充実しています。

 2年前にオープンした校舎「INIAD HUB-1」は、総床面積1万9000m2にIoTデバイス5000個を取り付けたまさに世界最先端のIoTビルです。当然オープンAPI制御できます。教室はすべてプロジェクターで投影し、映っている教材はすべてクラウドで共有できます。

 紙の掲示板がなく、すべてデジタルサイネージ。私がデザインした図書館ですが、30~40年後に紙の本はなくなっているという考えに基づきますが、紙の本を一切置いていません。あえて何も置いていない本棚を設計しており、電子図書で100万冊が閲覧できます。学生にはこうした環境を使いこなし、イノベーションを創出してもらいたいと思っています。

 最後に伝えたいことは、社会は変わり経営者も変わる必要があるということ。プログラムを学ぶだけでなく、マインドを理解しどういう流れで何が起こっているのかを理解するだけでも違います。少しずつ経験を増やしていくことで経営者もITが分かる人ということになるのです。社会は変わるということを、しっかり理解することが重要です。

さかむら・けん●TRONやIoTの概念を提案するなど、世界中の生活向上に多大な貢献をしたとして15年にITU(国際電気通信連合)。150年記念年賞を受賞。03年に紫綬褒章、06年に日本学士院賞受賞。17年から現職。東京大学名誉教授。

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