地域で考える米仕事と花仕事
2019.07.15 08:00
石川県の七尾青年会議所(JCI)の創立60周年記念講演会に講師として招かれ、能登を訪れた。講演では「観光立国の実現には米仕事(生業・本業)と花仕事(地域貢献の仕事)の両方に本気で取り組む真のリーダーが不可欠。日本には米ヘンに花のツクリで糀(こうじ)と読む国字がある。JCIの若き皆さんには糀のような地域を醸せるリーダーとなってほしい」と伝えた。
この能登には多田喜一郎という人物がいる。国内の教育旅行の受け入れに加え、広くインバウンドの宿泊客を地域ぐるみ(周辺市町の計50軒の農家民宿チーム)で受け入れるプロジェクトの立役者として高名である。JCIの幹部にお願いし、多田氏との面会を設定してもらい、能登空港近くの農家民宿群「春蘭の里」の中核となる春蘭の宿に立ち寄っていただいた。
草木が生い茂る里山の風景のなか、集落へと向かう道端は空き家が目立っていた。集落の中心部に多田氏の自宅でもある春蘭の宿はあった。到着するやいなや、玄関先の人懐っこい笑顔の喜一郎氏が私たちを母屋に招じ入れてくれた。
多田氏は奥能登で20年ほど前に集落内の7人の仲間たちと共に農家民宿群を開業したという。私はまず、どういういきさつでこのプロジェクトが始まったのかを尋ねた。「集落の仲間たちとは20年以上前から囲炉裏端で、地域の生き残り策を酒を酌み交わしながら語り合ってきた。農業だけでは無理だ。地域外から宿泊客を呼び込まなければ、あと10年もすれば集落の半分は無人化する。やがて過疎化によって集落が丸ごと消滅してしまう。単独ではパワー不足。7軒みんなで農家民宿群を始めようということになった」と、まるで昨日のことのように20年前の原点の思いを豪快に語ってくれた。
私は「農家民宿で成功し続けている事例は少ない。春蘭の里が毎年成長し、今なお伸び続けている秘訣は何か」と素朴な疑問をぶつけた。同氏はきっぱりと言った。「本気の人しか、プロジェクトには入れないようにしてきた。命がけの本気の人だけでやってきた。自家だけの金儲けじゃない。地域全体の未来を切り開く事業だ。実際のところ、20年の間には活動資金がショートしたこともあった。しかし、そういう時は自分の本業(採石業・運送業と農業)で稼いだお金もみんなのプロジェクトに投入して支えた。集落が消滅すれば、この山の中で自家だけ生き残ることなど不可能。みんなのためだけじゃない。自分の家族の未来のためにそうしてきた。そうしてがむしゃらにやってきたら、いつの間にか、集落全体が1つになった。そして、今や集落を越え、この能登町の町域を越え、穴水町・珠洲市・輪島市にまで仲間が広がった。その分、パワーが高まり、みんなが副収入で潤い、若い人が故郷に戻ってくるようになった」
最後に多田氏は満面の笑顔で話を締めくくった。「それでね、来春には私の娘もUターンしてきてこの宿を、そしてこのプロジェクトを継いでくれることになったんだよ」
「米仕事」と「花仕事」という言葉は、日本を代表するデザイナーの水戸岡鋭治氏が生み出した言葉である。先日、この水戸岡氏と直接対談する機会があった。同氏はその場で「米仕事は誰でもできる。一方、花仕事は志の高い人しかできない仕事だ。しかし、花仕事に時間を割ける人は高度な米仕事の能力を備え、稼ぐ力を持った人だけである」と断言した。
春蘭の里の成果は、まさにこの米仕事と花仕事の両方を同時にやってきた多田氏という希有な糀の作用によって、地域全体が醸されて生み出されたものなのだとあらためて思った。
中村好明●日本インバウンド連合会理事長。1963年生まれ。ドン・キホーテ(現PPIHグループ)入社後、分社独立し、ジャパンインバウンドソリューションズ社長に就任。官民のインバウンド振興支援に従事。ハリウッド大学大学院客員教授、国際22世紀みらい会議議長、全国免税店協会副会長。
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