トランスフォーメーション

2021.03.15 08:00

 政府は2月にデジタル庁設置法案を含む関連法案を閣議決定、デジタル庁は9月1日に発足する。同庁のメインの役割は行政システムの標準化。1府12省の各政府機関はもとより、地方自治体が個別に運用する行政システムの全国レベルのクラウド型統合を促す。独自仕様乱立によるコスト高やデータ連携の遅れを解消する狙いがあるようだ。各地方自治体に様子を聞いても、新年度に向けデジタル化推進のための新部署設立準備に忙しそうだ。

 実際、日本のデジタル化推進は新興国にすら劣後しつつある。いまだにデータを紙に印刷、ハンコで決裁し、ファクスで送受信したりしている(結果、リモートワークを阻害している)。コロナ禍は日本の旧態依然としたアナログ社会をあぶりだした。行政機構はもちろん、民間企業も右へならえでアナログ経営のまま、個人の生活もまた同じだ。

 いま、DX(デジタルトランスフォーメーション)という用語が旬だ。DXとは単なるデジタル化ではない。もともとDXという概念はスウェーデンのエリック・ストルターマン氏が04年に提唱。「ITの浸透によって人々の生活を根底から変化させ、より良くしていくもの」というような定義である。一方、経済産業省はDX推進ガイドラインの中で「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と再定義している。

 役所の管掌分野上、ビジネス寄りの定義となるのは仕方ないが、そもそもDXの原義は事業戦略やビジネス上の課題というより、社会全体や人類全体を俯瞰したより広義の概念だということを再認識しておくことが重要だ。

 トランスフォーメーションとは物体・物質の構造の転換、メタモルフォーゼ(変態)という意味だ。既存のものを根底から変えることである。たとえばオタマジャクシ(エラ呼吸)が成長してカエル(肺呼吸)に姿を変えることをいう(変態できないと絶滅する)。

 観光DXという言葉も最近では聞かれる。実際、観光庁は21年度予算で、DX推進による観光サービスの変革と観光需要の創出に新しく8億円を計上し、「これまでにない観光コンテンツやエリアマネジメントを創出・実現するデジタル技術の開発事業」の公募を発表した。これは上述のビジネス寄りのDXだ。

 DXの実現の基盤は政府の施策、5Gの通信、高速Wi-Fi、IoT、位置情報、ロボット技術、自動運転、生体認証、仮想現実(VR)・拡張現実(AR)、人工知能(AI)、ビッグデータなどの科学技術となるのは当然だ。しかし、真のトランスフォーメーションは外的な行政手法や技術の転換だけで実現されない。DXはそもそも何のために推進されるべきか。それは私たちの社会を持続可能なものへと転換(サステイナブルトランスフォーメーション=SX)させる手段に過ぎない。

 地球温暖化と気候変動、世界の人口増と貧富の格差、国内の人口減少と高齢化、地方の定住人口減少と過疎化。こうした課題を克服し人類社会の安寧が22世紀へと続くためにこそ、手段としてのDX推進の意味がある。

 DX、交流人口を増やすための観光DXの実現のためには、デジタル技術の前に、事業者のみならず旅する消費者のSDGsに対応した意識改革、地元民のシビックプライド醸成、私たちの内なる価値観の変態(メタモルフォーゼ)の実現こそが重要となる。

中村好明●日本インバウンド連合会(JIF)理事長。1963年生まれ。ドン・キホーテ(現PPIHグループ)傘下のジャパンインバウンドソリューションズ社長を経て、現在JIF理事長として官民のインバウンド振興支援に従事。ハリウッド大学大学院客員教授、全国免税店協会副会長。

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