特別対談 ツーリズムの未来を拓く

2019.06.17 08:00

田川博己(日本旅行業協会会長/JTB代表取締役会長)×安部敏樹(リディラバ代表取締役)

いまや日本のツーリズム産業の第一人者であるばかりか、WTTC副会長として世界のツーリズムを推進する田川博己氏と、社会問題の現場を学ぶスタディツアーを企画し、フォーブス誌「アジアを代表する30人」に選出された安部敏樹氏。世代やアプローチは異なるが、ツーリズムへの思いは共通する。未来のあるべき姿について語り合った。

田川 安部さんは社会問題を旅行のテーマに扱っているんだよね。われわれ団塊の世代は、1クラスに60人くらいいて、競争に勝ち残らないと大学受験をさせてもらえない時代だった。そういう環境で育ってきたから、この社会はおかしいんじゃないかと思いながら中学・高校時代を過ごした。それが大学の学生運動に発展した。いわば社会問題解決型学生だったんですよ。

安部 昔は社会問題への関心が怒りから来ていますよね。なんだこの理不尽さはと。僕も怒りからなんですけど、僕らの世代でそれは少数派です。そこに行けば誰かが助かるし、貢献できることがある、生きてる意味が感じられる、ということから関心を持つ人が多いですね。団塊の世代は人生の目的が豊かになることだったと思いますが、いまは豊かになるというゴールがありません。

田川 それは豊かさの定義が違って、ロールモデルがないんじゃない? われわれの時代はアメリカのライフスタイルがモデルだった。旅が大衆化する前の学生時代、1959年に始まったTBSの紀行番組「兼高かおるの世界」で兼高さんが世界中を回り、アメリカの家庭が家電製品にあふれているのを見て憧れた。そういうふうになるには世界を見なくちゃいけないと思った。いまは豊かさが十人十色。1人で目標が10個あるみたいになっている。だけど、その目標を引っ張ってくるときのプロセスがよくわからない。

安部 おっしゃる通りです。人生の目的を決められないから迷ってしまう。

田川 私はもともと大学で交通論を学んでたんですよ。物流をやるため通運会社に行くつもりだった。でも、1970年の大阪万博を見てすごいなと思い、日本交通公社に入った。人々の移動による交流をやりたいというのが原点。

安部 僕はもともと物理の研究者なんです。人や情報などが往来すると新しいものが創造されますが、それは脳の中の神経細胞同士が電気発火するというシンプルなもの。ただ、何かに対する意識が生まてくるときの発火量が瞬間的にものすごく多いんです。その要因が電気発火によるコミュニケーションの総量だという論があります。だとすれば、交通や通信が増えれば、社会全体がこれまでと違った意識を持ち始めてくるのではないかというのが私の仮説です。その観点で旅行は面白いなと思って、やっているところです。

一人十色の時代

田川 私がJTBの取締役の時代、ドメインを旅行業から交流文化事業に変えたんですよ。JATA(日本旅行業協会)が提唱する「旅の力」の効用に文化や交流があるんだけど、交流すれば必ず文化が生まれるというのが私の考え方で、それを生業にするのが交流文化事業の概念。交流することによって摩擦が生まれる。摩擦には良いものもあるし、喧嘩もある。それも1つの交流。

安部 米大統領選でトランプに投票した人は田舎に住んでいて摩擦が少ない人々です。摩擦は高頻度で起きると一つ一つが小さいですが、たまに起きると大きくなる。それがテロや暴動につながるとすると、旅行はその手前で人が寛容になり平和をつなぐための大事なポイントになると思います。

田川 旅はいろんな問題を解決する主語になるんだよね。世界で起こるテロや暴動のほとんどが政治課題か宗教課題のどちらかに起因しているけど、旅はそこに行き着く一歩手前で行われるべきテーマだと思う。それによって仲良くなれる。

安部 その考え方に賛成です。一人十色という話がありましたが、通信や交通が発達して異文化交流がしやすくなったからこそ起きていることだと思うんです。いろんな価値観に出合うからいろんな自分が見えて十色になる。十色あると1つ失われてもさほど問題ないけど、1色だけだと奪われたときの拒否反応はすごい。いかに十色にするか、異文化交流のハードルを下げるかが大事だと思います。

田川 それが近年減ったのはデジタル社会の弊害でもある。旅行サービスを一般個人ができるようになった。大衆側から価値をつくり上げ、旅行の裾野がどんどん広がっている。事業として成り立つかどうかは別問題だけど。

安部 僕らの事業はジャーナリズムに近いんです。メディアの価値は時間と感性をどう奪うかにあります。テレビやツイッターを見て人生が変わる人はあまりいないけど、旅は信頼性があり拘束時間が長いので、メディアとしての価値が極めて高い。

田川 メディアというのはその後の行動を促すものとしてでしょ?

安部 おっしゃるとおりです。その部分で見ると価値が高い。開始当初、事業化するのは難しかったんですが、いまはかなりできるようになってきています。旅行業の課題は、非正規で人を雇いすぎたことではないでしょうか。それゆえに人材の質が低い。良いものをつくることはできるけど、産業として成立させるのは別の能力で、そこを乗り越える人材がいなかったりする。

感性生むシナリオづくりを

田川 旅行の企画力、あっせん力、提案力、添乗力の中でいま一番弱いのが企画力。海外旅行者が100万人にも満たない時代はどうやって人々を海外に行かせようかと必死に考えた。シナリオをつくるのがうまかったけど、いまのプランナーは情報がたくさんあるから、どうしてもプランをつなげる仕事しかしなくなる。価値を伝える人が少なくなってしまった。そこに感動はないんです。旅行業界は人間の価値をどうやって伝えていくかが大事。企画力や発想力を磨かないといけない。

安部 旅行業はコンテンツをつくる仕事とマッチングをする仕事の2つありますが、プランナーがやっているのは実はマッチングだったりする。本当の意味で新しい価値をつくる人がすごく少ないと思います。特に大企業は総じて合理的すぎると思う。合理的なものは模倣される可能性がすごく高いですよね。

【続きは週刊トラベルジャーナル19年6月17日号で】

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