神奈川大学の髙井典子教授が語る持続可能な観光と観光客の新たな可能性

2024.04.08 00:00

駒沢女子大学が「持続可能な観光とツーリストシップ」をテーマとして2月に開催したシンポジウムに、神奈川大学国際日本学部の髙井典子教授が登壇した。持続可能な観光とその実現のために観光客として個人ができることについて語った。

 まず持続可能な観光とは何か。サステナブルツーリズムについて国連世界観光機関(UN Tourism)は「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義しています。私がこの言葉に出会ったのが英国で観光の勉強を始めた1995年でした。

 大学ではUN Tourism(当時はWorld Tourism Organization)と同じような定義を先生が言われ、どういうことだろうと思っていましたが、スペインのベニドルムの事例を学んだ時に腹落ちしたのです。ビーチが美しいベニドルムは元々農業や漁業で生計を立てていましたが、50年代半ばに村長が観光で売っていくと宣言し、観光開発を進めました。その頃からスペインではリゾートでの無計画な開発により自然の破壊や混雑が起きていたので、計画的に開発しようとしたのです。

 しかし95年に事例として示された写真に映るベニドルムは、高層ホテルやコンドミニアムが立ち並び、ビーチは大混雑。旅行会社に任せて皆で行くような観光地となり、マスツーリズム(大衆観光)の典型的な失敗例だと説明を受けました。村を豊かにしようと観光開発をし、多くの観光客が来て、インフラが整備されて住民の生活が向上するはずでしたが、負の影響ももたらしました。

 経済面では経済活動で得られた利益の多くが域外に漏出。ドイツや英国などから多くの人たちが来るため、ベニドルムのホテルやレストランなど多くの観光事業者が海外からの投資で経営され、利益の多くは域内にとどまらず、住民が思ったほど収入が増えなかったのです。大勢の人が来るため水質が悪くなり、木の伐採により土地の保水力がなくなり雨が降ると土が流されビーチが濁るという環境への負荷も発生。犯罪も増えるなど社会的な負の影響もありました。

 そこで地元経済が持続的に発展でき、自然環境も適正に保たれる規模での開発、社会文化的にも現地の人が望ましいと思う状態をキープしようとなったのが持続可能性の3つのボトムラインです。持続可能性というと自然環境と思われがちですが、それだけではなくこの3つの側面で持続可能性を担保しなければと考えるようになりました。

 そこから、エコツーリズム、アグリツーリズム、ルーラルツーリズムなどの持続可能な観光形態が生まれ、オルタナティブツーリズム、エシカルツーリズム、最近ではレスポンシブルツーリズムなど持続可能な観光を指すいろいろな言い方があります。けれど観光客が楽しむだけでいいのか、経済だけ豊かになればいいのか、いろいろな落とし穴を見据えながら、長続きする観光をしていきましょうという大元の考えは変わっていません。

 どうして持続可能な観光へと進んできたのか。いま、国際観光、国境を越えて旅する人が年々増えています。各国は観光に投資して産業がますます大きくなり、あらゆる地域が観光地になっています。UN Tourismによる長期予測では、欧州、アジア太平洋、南北アメリカ、中東、アフリカが全体的に伸びていますが、中でもアジア太平洋のシェアが徐々に大きくなっています。観光客が増えるだけではなく、行く所が分散し、観光が世界のどこにでもある状態になっている。つまり、持続可能な観光を自分ごととして考えなければいけない地域が増えている。だからこそ、観光の影の部分を意識しなければいけません。

 経済活動がある所にはどこでも負の影響があります。そのことを指摘したのが国際シンクタンクのローマクラブで、72年に「成長の限界」という報告を出しました。いまのレベルの経済活動を続けていくと100年以内に現在の成長が止まるという内容が全世界に衝撃を与えました。「成長の限界」が発表されて50年以上たったいま、気候変動やエネルギーの問題はもっと深刻な状態になっています。だからこそ差し迫った危機として持続可能性を考えなければいけないのです。

【続きは週刊トラベルジャーナル24年4月8日号で】

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