地震国ならではの体験学習施設を
2023.08.21 08:00
この時期になると、いまでも夏休みの宿題に追われていたことを思い出す。中でも苦労したのは自由研究。題材を決めるのにアレコレ悩み、いざ取りかかると予想以上に手間がかかって、結局手抜きで終わってしまうことばかりだった。いまはどんなネタがあるのだろうとネットを調べてみたら、地震の際の防災体験学習ができる施設を見つけた。ちなみにここは日本に1つしかない国営の防災公園で、発生時には対策本部が置かれるところ。特に予約は必要ないので外出のついでに行ってみた。
施設は広々としていて、団体の見学にもしっかり対応している。目玉は「東京直下72h TOUR」という体験ツアー。30年以内に70%の確率といわれている直下型地震発生時に自助期間である3日間を生き延びる体験という触れ込みだ。個人参加のコースは毎日1時間に1回の頻度で開催されている。
受付の職員はとても親切かつテキパキしていて、下手なサービス業よりレベルが高い。ツアー開始時間に集合場所に行くと、約10人ほどが集まっていて全員大人だ。まず全員にタブレットが配られるが、これはどうやらツアー中の質問に答えたり、AR(拡張現実)を表示させたりするためのものらしい。
まずは職員がツアー内容を説明する。「いま、皆さんは商業施設の10階にいます。そしてエレベーターで1階に降りる時に直下型地震が発生します」と始まり、エレベーターを模した小部屋に入る。遊園地のアトラクションのように凝っていて、ドキドキワクワクだ。その先の展示もそれなりに作ってあるのだが、だんだん物足りなさ、いや義憤に近い感情が高まってきた。
40分ほどでツアーは流れ解散で、肩透かしを食らった気がした。理由は、国の災害対策の一環としてこのツアーに必要であるべき被災・自助体験が何も用意されていないからだ。
「大地震に遭遇して72時間を生き延びる」というコンセプトが、単なる展示あるいは警鐘で終わってしまっている。夏休みの宿題にはそれでよいかもしれないが、本気で都市直下型地震から国民の命を守りたいなら、大人が自分・家族・他者の命を守る技能を身に付けられる本格的な総合訓練設備にしてほしかった。
具体的にはオフィスや住居を模した地震シミュレーター、消火実習、煙の立ち込めた屋内の移動、重量物の移動、がれきの道の歩行、50cmの津波での垂直姿勢維持、119番通報、泥水のろ過、簡易トイレの使用、救命ホイッスルの可聴範囲確認、避難所生活、体力減衰シミュレーションなどである。地震国日本にはこれらの装置や知見がたくさんあるが、国営施設にもかかわらず、それらが生かされていないのは残念極まりない。
このような箱モノは一度作ったら装置の追加や変更は難しい。だからこそ目的に沿った設計が必要だ。国の施設なので、いろいろな利害関係、利権や思惑が絡み合ったのだろうと推測するが、民間の観光事業者では目的と設備のミスマッチは致命傷となる。ぜひ、他山の石にしてほしい。
黒須靖史●ステージアップ代表取締役。中小企業診断士。好奇心旺盛で旅好きな経営コンサルタント。さまざまな業種業態の経営支援に携わり、現場中心のアプローチに定評がある。
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