『旅に出るのは僕じゃない(1)』 観光業界人に勇気と元気与える
2023.08.21 00:00

これ一体いつまで続くのか。続いたとして、世界はどうなっちゃうのか。
コロナ禍が続くなか、何度かそんな不安に襲われた。どうにかトンネルの出口に差し掛かったとはいえ、少なくとも観光は「元通り」にはほど遠い。
もし本当にコロナ禍がずうっと続いたとしたら、世界は、旅はどうなっていただろう―そんな “if” を描いたコミックが今回の一冊だ。
時は204×年、世界はまだまだコロナ禍のさなか。海外旅行はごく一部の富裕層や、4日間の入国時隔離をいとわない人だけに許された特殊なイベントだ。一般人にとって海外旅行はVR空間で楽しむものとなっており、その需要に応えるべく「無名旅行人」という専門職の人々が世界を駆け回り、リアルな旅の「体験」を収集していた。本作の主人公もその1人である。
工事途中で予算が尽き放置されたゼウス神殿、日当たりが良いからとソーラーパネルで覆われたパルテノン神殿、失業して警備員になっている国立博物館の館長……冒頭のギリシャの回ですでに“もしかしたらこうなっていたかも”という描写がてんこ盛りだ。
ほか、米国やベトナム、マリなどを舞台にオーバーツーリズム問題やドローンに仕事を奪われる配達員、格差社会、民族紛争など現代社会の問題を織り込みながらも、物語自体は決して暗くない。絵柄の明るさもあるけれど、作者が旅という行為の良さ、旅で生まれる人との直接の触れ合いの素敵さを肯定してくれているのが大きいように思う。
頑張り屋のニューヨーカーの少女と一緒にチーズサンドを食べるのが「かなり最高」と空を見上げる主人公は、まんま旅好きのわれわれの姿だ。業界の皆さま方なら、きっと読んで勇気と元気をもらえるはず。おすすめ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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