美ら地球・山田拓CEOが語る「持続可能な観光に地域でできること」

2023.02.27 00:00

奈良県観光局は1月23日、奈良県観光振興シンポジウムを開催した。基調講演では岐阜県飛騨古川で観光事業を運営する美ら地球(ちゅらぼし)の山田拓CEOが登壇。「観光が地域に貢献できること」をテーマに、どのように地域と関わりながらビジネスを構築してきたかについて話した。

 旅が好きでこれまで45カ国に訪れました。前職でやっていたマネジメントやマーケティングの仕事が掛け算になり、いまの仕事の源泉になっています。注目されるようになったのはあまり知られてない飛騨古川に外国人の方々が来る流れをつくったこと。事業を通じて社会課題を解決し、社会に貢献するという考えをベースにツーリズム事業を体系化して各地に広げたり、方法論を自分たちのビジネスに適用しています。リアルな事業と方法論、海外の関係者とのネットワークが強みで、研修やコンサルティング、事業参画も行います。

 「暮らしを旅する」をキーコンセプトに09年に飛騨里山サイクリングというガイドツアーを始めました。古川盆地を半日自転車で巡り、飛騨の日常を紹介するツアーで、2時間半か3時間半のうち自転車に乗っているのは3分の1で残りはガイドが話しているか、地域の人と話すか、休憩というゆったりした内容です。ウオーキングツアーや料理教室も始め、14年にはSATOYAMA EXPERIENCEブランドに統合し、さまざまなアクティビティーを提供しています。99%超の顧客満足度、1000以上ある口コミのほとんどが5つ星という評価を十数年かけて蓄積してきたのが誇り。13年には飛騨里山サイクリングのツアーが顧客、地元企業、住民、若者にそれぞれ4つのハッピーを生み出したことでグッドデザイン賞を受賞しました。成長をけん引してきたのは海外の人で、90%が欧米豪からのゲストです。

 創業時からいまの姿を描いていたわけではなく、空き家をオフィスに転用した事業など止まったプロジェクトもあります。ゲストの声を聞き、地域の立ち位置を考えたり、状況に応じて足し合わせ、集約してきました。「クールな田舎をプロデュースする」を掲げ、1つの事例として自分たちが先んじてやってきた形です。

 ビジネスの原体験は古い古民家が解体されて新しい家が建っていったのを目の当たりにしたことです。飛騨の原風景が魅力で引っ越したのにどんどん失われていく現実に、維持しなくてはいけないと思ったのです。そのためにどんなビジネスが考えられるか、でも地域がどうなってるかわからない。そこで07年から飛騨地域の農村部で調査を始め3000件の家を調べました。登録有形文化財の目安となる築50年以上の家がどれだけあり、どういう状況か調べ、地域の人にシェアしました。

原風景が失われる危機感

 地域資源を減らしたくなかったので、ボランティアが集まり古民家お手入れお助け隊として民家を磨きました。地元の人に飛騨の民家も捨てたもんじゃないと思ってもらうためで、子供たちによるお助け隊も行いました。小学校に行って、家にいろりがある人って子供たちに聞くと、ほとんど手が挙がらなかった。飛騨の家にどんどんいろりがなくなって新建材に代わっていたのです。そこで子供たちに自分たちが楽しんでいる姿を見せるなど、出ていっても戻ってきたら楽しいよって飛騨の価値を植え付けたりしています。

 創業10年となる20年に向けて一大プロジェクトを進めました。町並みや景観を守ることにビジネスがどれだけ寄与できるか、イタリアのアルベルゴ・ディフーゾから学び飛騨古川の分散型ホテルに挑戦しました。2軒の不動産を取得して宿泊施設SATOYAMA STAYとし、分散棟のTONO-MACHIは再生し、宿泊施設とツアー拠点になる弐之町のNINO-MACHIは傷みが激しく構造的にも再生が難しかったので新築にしました。新築の意義は伝統工法で家を建てる大工技術の継承です。新築でも飛騨古川の古い町並みに溶け込む造りにし、自由な間取りにできたことで料理教室ができるキッチンやミーティングができる複合機能のあるワークショップルームを備えました。

 地域のためになるように、域内調達、環境負荷の抑制を重視しました。設計士や工務店に頼んで、岐阜県南部の木材の東濃桧や800年の歴史がある山中和紙などを身近なところで調達し、家具や畳もオーダーメイドにするなど地域の職人に仕事を回しました。部屋にペットボトルは置きませんし、棚の板、柱、家具なども古材や廃材をリユース。町並み保全や技術の継承への寄与、域内職人の活用はグローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)の国際認証チェックリストに従っており、ツアー拠点の事務所をきれいにしたことで職場環境も改善できました。またこれまで半日のツアーしか提供できませんでしたが、1日や2日という長い時間軸での顧客価値も拡大し、交流人口の受け皿にもなりました。

 地域の持続性に事業活動が関わるには、地域の課題解決にビジネスでソリューションを提供しなければいけないと考えます。当社が課題解決に寄与したことをまとめると、交流人口増加による経済貢献、雇用創出で定住人口を確保、遊休不動産減少、域内投資、地域資源を保全する機運の醸成、Uターン者への啓蒙。さらに地域に他のサイクリングツアー事業者が出てきたり、他にも木造の新築商業施設に着手する業者が追随するなど域内新規事業の誘発にもつながりました。

 ただこの3年間はコロナ禍で大変でした。それでも近くの中部山岳国立公園の乗鞍岳にeバイクツアーをつくったり、国内の企業需要を取りに、キャンプで学ぶプロジェクトマネジメント講座、オフサイトミーティングでのリーダーシップ研修などを行いました。22年11月10日に国境が開く少し前から、外国人の方が3年ぶりに戻ってきました。サイクリングツアーは3月下旬から再開しますが、23年のシーズンは去年10月の段階で19年の3分の2の予約が入っている状況です。

 トレンドとして、アドベンチャー、ガストロノミー、サイクル、サステナブル、レスポンス、いろいろなツーリズムがありますが、サイクルツーリズムは英語にないので、外国人と話す時には気をつけないといけません。世界の潮流でもある持続可能な観光は、やらないといけない手間とも捉えられますが、いまグローバルではサステナブルだからその地域に行くというマーケットもあるのです。ガイドが値切られるとか、地域のものを使ったらお金がかかるから安いところで買うというのでなく、地域のものを買う、地域の人を雇用する、地域の人にきちんと条件提示する理由付けができるという状況に改善するタイミングです。

 ルールはたくさんありますが要は自分の胸に手を当てて確認すればいい。自社の事業活動で地球環境に負荷をかけてないか、ステークホルダーに向き合っているか、自社スタッフに相応の職場環境を提供しているか、胸を張ってやってますって言えるかどうか。地方創生、観光立国、観光立県を考えると持続可能な観光は避けては通れません。

 いま関わっている事例を紹介します。レスポンシブルツーリズムを意識したツアーをつくりました。福岡県柳川にある柳川藩主・立花家直営の宿の文化観光プログラムで2泊3日で1人100万円、本物の能舞台で殿様直系の人がもてなすプライベートツアーです。もともと能は殿様が客人を迎え入れた際に披露するもので、この文化を絶やしたくない、地元の子供たちが触れる機会をつくりたいという立花家の思いが背景にありました。

 能楽師を呼ぶ費用はゲストが負担しますが、地域に貢献したいゲストが訪れることで地元の小学生が能を見る場を提供でき、地域の文化を守ることになります。世界ではNGOに寄付金を払い絶滅危惧のチーター保護の現場を見に行ったり、500ドル払ってウガンダの国立公園に絶滅危惧種のマウンテンゴリラを見に行くなど、自然や文化を保護するツアーがあります。その日本版をどうやってつくれるか考えこのツアーをつくりました。

 このほか行政組織やDMOの支援もしています。日本のDMOはマーケティングに力を入れているもののマネジメントが手薄で、上がってくるレポートやデータを活用していないように見えます。いま関わっている富山県のマイクロツーリズムでは定期的に新聞、SNS、ウェブ広告の反応を見て、どのセグメントが伸びてるか見ています。ターゲットが旅先に求めるものを聞き、宿泊施設に対応したプランをつくってもらい、県のサイトで集客につなげます。きちんと情報が目に止まっているか、消費行動に結びついているかを分析します。

来訪者数より大切なもの

 例えば前年比120%増を喜んでいいかというと、比較対象地域あるいは昨年の実績がそれ以上だったら駄目なわけです。数字をどう解釈するか考えないといけないし注視すべきエリアを意識していないことも多いです。岐阜県観光連盟で電子クーポンの使用レポートを作成し施策立案していますが、岐阜県に加えてベンチマーク対象の県と比較する月次レポートを作っています。

 さらによくいわれる観光消費額の増大のための選択肢として、因数分解した構成要素の話をしています。観光消費額は宿、飲食、土産など地域観光で使うお金の総和です。人数掛ける単価といわれるが、グループ数と1組の人数に分けた方がいい。なぜならウェブなどの顧客獲得単価は1組単位で1グループの受注にお金がかかるからです。かつ1回の旅行で何回財布を開いていただけるかですので、グループ数、1組の人数、それに購入単価、買う回数、何度来てもらうか、このどれを伸ばすために手を打つかを分解して考えるべきです。

 そしてウオッチすべきKPIは3つ。まず1人当たり観光消費額、これによってオーバーツーリズムに陥るのを防げます。次に述べ宿泊日数。海外では観光入込客や来訪者数は使われていません。さらに新規雇用人数です。持続可能な観光を目指すなら、この3つが重要です。

 私たちは先人たちの分厚い上げ底の上に生きています。日本全国いろんな蓄積があります。上げ底をすり減らすのでなく、一人一人が何かできることで厚みを増すことに対峙し続けることがいまを生きるわれわれのミッションだと思います。

やまだ・たく●奈良県生まれ。プライスウォーターハウス・コンサルタント(現IBM)でグローバル企業の変革支援に従事。退職後、世界を放浪し、07年に飛騨古川に美ら地球を設立、地域資源を活用したツーリズムを推進する。地方のツーリズムビジネスの立ち上げ支援や人材育成に尽力。

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