自遊人・岩佐十良代表取締役が語るガストロノミーツーリズム

2022.10.24 00:00

ガストロノミーツーリズム国内フォーラム(主催・奈良県観光局)が9月8日に開催され、自遊人代表取締役でローカル・ガストロノミー協会代表理事を務める岩佐十良氏が「ローカルガストロノミー」について講演した。美食の町サン・セバスティアンや自身が関わる新潟の事例を紹介し、プロデュースの重要性、料理人の情報共有の場の必要性を説いた。

 ガストロノミーは美食学と訳されます。ローカルガストロノミーは雑誌の特集で私が作った造語で、地域の風土文化歴史を料理に表現したものと定めました。ガストロノミーツーリズムとはまさに、その土地にわざわざ食べに行きたくなるツーリズム。いま、世界中で注目され、やっと日本もガストロノミーをツーリズムの主役に当てることが重要だという機運になってきました。

 20年6月のJTBの調査によると、日本人の旅行動機は、旅先のおいしいものを求めてが64.7%で1位。同様の調査でも旅行動機の1位はほぼ食べ物。20~30年ほど前は温泉が1位でしたが、いまは旅先のおいしいものを求める。そこで、47都道府県すべてにあるおいしいものをどうやってガストロノミーツーリズムにつなげ、国内外に訴求していくかです。訪日外国人の旅行動機も日本食を食べることが圧倒的1位。まずご当地の食を磨いた方がいいわけです。

 ガストロノミーというと必ず出てくるのがスペインのバスク地方にあるサン・セバスティアン。マドリードやバルセロナから飛行機で1時間、電車で5~6時間かかる、人口18万人、面積60㎢の小都市です。ここに3つ星が3軒、2つ星が1軒、1つ星のレストランが7軒あり、いまも増えています。バスク地方全体では人口130万人に対して40数軒の星付きレストランがあります。

 サン・セバスティアンがなぜガストロノミーで注目され、どうやって世界一の美食の町となったのか。これはバスク民族の結束意識が背景にあります。フランコ独裁政権下でバスク語を話すことが許されず、何を誇りに持つのかとなった時に料理人が集まり、バスク料理を継承して、平和な民族運動としてバスク料理を広めていこうとしたのです。

 1975年にフランコが亡くなり、78年に民主化憲法が制定、82年にバスク語使用の正常化に関する基本法ができたのと前後して、バスクの料理界に革命が起きます。81年に始まったヌエバ・コシーナ・バスカで、70年代後半からのフランスのヌーベルキュイジーヌの流れに乗り、アルサックという店のシェフを中心に新しいバスク料理を作ろうとする動きが生まれました。

サン・セバスティアンの強さ

 バスク料理が注目された理由に、単に民族料理や郷土料理を出すのでなく、液体窒素を使った分子料理のような調理技術を融合させて、世界中の人が驚く芸術作品のような料理を作ったことがあります。バルの伝統的なピンチョスをベースにしながら、化学実験のような料理、これ食べて大丈夫かなというような料理が20数品続きます。これが評価され、ムガリッツというレストランは世界のベストレストラン50に名を連ねます。

 ただサン・セバスティアンの星付きレストランは11軒ほどで、年間何万人も行けるほど店は大きくありません。一番のポイントは、頂点の11軒のレストランを目指して世界中の人がサン・セバスティアン、バスクを目指し、あの人が行くならとそこに一般旅行者が続くというピラミッドの構図にあります。一般的な旅行者は1つ星や2つ星レストランでなくバルを目指します。日本でいうと一部の星付きレストランが地元のイメージをけん引して、たくさんある居酒屋や定食屋が裾野となって多くの観光客のお腹を満たすイメージです。つまり、この一般旅行者が食べる一般の居酒屋や定食屋のレベルをいかに高めるかが重要なのです。

 バルではちょっとつまんで隣の店へとホッピングするのですが、このバルのレベルが非常に高い。しかも気軽に入れて値段も安く、お客さんも付いている。ここで注目された若い人がレストランを作ったりする。海沿いにある、日本の漁師料理のような店にも人が大勢来るなど、町だけでなく田舎のレストランまですべての店がそれぞれレベルを上げている。これは、バスクの食文化を世界に知ってもらおうという中で、どうやって伝えて、ツーリズムとして成立するのか研究して、情報交換をし、アレンジを加え、全員で高め合っていった。それがサン・セバスティアン、バスクがこんなに強くなった理由です。

 アルサックのシェフらは、みんなで情報共有し、調理技術を全く隠さなかったといいます。こうやったらうまくいったという最先端の分子料理の調理技術を公開し料理人のレベルが一気に上がった。これをやるかやらないか。そういう場を作れるかどうかが地域の飲食店のレベルを上げられるかどうかの分岐点です。うちの町にはすごい飲食店がない、どうやったらできますかといわれますが簡単です。みんなで情報共有できる状況を作ればいい。シェフが1人で悩むより5人集まったらあっという間にレベルは上がっていきます。

 一方、新潟県は地域ブランド調査2021で観光意欲度の都道府県ランキング34位で、都道府県別魅力度も22位と徐々に上げてきました。食事がおいしい都道府県ランキングでは、19年に6位の京都を超えて5位となり、20年の市町村の同ランキングでは11位に魚沼市が入りました。20年には新潟初となるミシュランガイド特別版が出て、21軒が星付きレストランになりました。次にミシュランガイドが出る時には40軒を超えたいと若い料理人と話しています。それは東京、京都、大阪を除く地方都市で、新潟がおいしい町、食文化圏だと世界に知ってもらうためには、ガストロノミーツーリズムの先進的イメージのある石川県の38軒を超えたいと考えるからです。

 なぜ新潟がランキングを上げることができたのか。ローカルガストロノミーは観光で取り組まなければならず、雪国観光圏として10年から雪国A級グルメという活動に取り組んできました。当時、B級グルメのほとんどはうどん、焼きそば、お好み焼き、餃子など外国産小麦を使用したもの。新潟には米があるので、お米や地元野菜を生かした方がいいのではないか、永久に守りたい味ということでA級グルメと名付けました。

若手料理人に舞台を提供

 この時に主張していたのが、観光・農業・加工を結び、付加価値を付ければ、質の高いお客さんが来て、価格競争に巻き込まれず新しいツーリズムが生まれるということ。ところが行政になると、観光・農業・加工は国土交通省と農林水産省と経済産業省となり、市でも課が分かれ、どこが主導するのかという話になってしまいます。その点、雪国観光圏は旅館11軒、レストラン18軒、お土産10軒が加盟する民間の集まりなので問題がない。サン・セバスティアンと同じく、秘密を作らない、仕入れ先共通で新しい技術も教える、お互いの厨房に入って構わないというスタンスです。里山十帖の厨房は勉強会をしたり、外部から招聘したシェフの技術を見るために地域の人が集まる場になっています。

 19年に実施した新潟県・庄内エリアのデスティネーションキャンペーン、日本海美食旅では総合プロデュースを担当しました。食文化を切り口に、村上・新発田は鮭、新潟・阿賀は花街、魚沼・湯沢は雪国の発酵などエリアごとにテーマを設定したのですが、テーマを決めるのが大変で、必ずこの手の話はあれもこれも入れたいとなる。けれど、何かに絞らないと伝わらない。1年以上かけて若手の観光協会の方とともに議論を繰り返しました。

 同デスティネーションキャンペーンでは、県と県の観光協会主導で、若手の料理人が腕を振るうNIIGATAプレミアムダイニングというイベントも計10回開催しました。さらに19年のG20農業大臣会合の昼食会にも若手料理人グループが抜擢され、来年新潟市で開催されるG7財務相・中央銀行総裁会議も、知事から若い人にやってもらった方がいいという話になりました。

 こういう機会があると、若い料理人グループでどうやって新潟を表現するのか相談しますし、大きな舞台に立つことで当然レベルが上がるのです。全国宣伝販売促進会議でも県内の若手料理人と県内出身の東京で星を持つシェフと組んで技術交流しました。これらの結果、新潟県・庄内エリアのデスティネーションキャンペーンの効果として、19年11月の宿泊者が前年同月比で20%増、同じく外国人客も5割ほど上がりました。

 この延長線上に、新潟県では新潟ガストロノミーアワードを創設しました。おいしさや質だけでなく、新潟の食文化を積極的に取り入れるレストランや旅館、ホテル、土産品を表彰する取り組みです。最終的に世界にアピールすることを考えていますので、審査委員長は世界のベストレストラン50の日本評議委員長の中村孝則氏、審査員・特別審査員9人のうちの3人は和歌山ヴィラ・アイーダの小林寛司氏などベストレストラン50に入るシェフです。こういったシェフと料理を作ったり、交流することが地域には非常に重要です。

 ガストロノミーツーリズムでは、地方の潜在的な観光資源をプロデュースすることが大切です。そのままではなく、プロデュースされているものの方が発見や感動があり、都市に住んでいる人がラグジュアリーで新しいと言ってくださる。どうプロデュースするかによって、地元住民にもうちの町って意外とすごいという認識になりますし、漬物や野菜など地元素材に注目が集まったりします。

 里山十帖は、都市に住む人と地元の人と地方の潜在資源のセンターハブとして14年に開業した施設です。稼働率は15年ぐらいからほぼ90%以上です。20年5月に60%ぐらいに下がりましたが、同年7月から80%以上に戻り、この2年間85%以上。この夏は100%で、コロナ禍でも85~90%以上で稼働しています。

 これはガストロノミーツーリズムを追求して、お客さんが欲しいものを提供した結果です。里山十帖1軒でこれができるということは、束になると何が起きるかわかると思います。サン・セバスティアン、里山十帖が成り立っているということは、ツボをつかめば莫大なPR費やマーケティング費をかけなくてもお客さんが来るのです。

いわさ・とおる●東京生まれ。雑誌『自遊人』を00年に創刊。04年新潟に拠点を移し農山漁業の六次産業化や、農業や食を軸に全国各地の地域や農村の魅力を磨き上げるなど、地域活性化に尽力。地域の魅力を体感する宿泊施設「里山十帖」「講 大津百町」「箱根本箱」「松本十帖」も開業する。

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