『るん(笑)』 現実世界と重なるディストピア

2021.01.18 00:00

酉島伝法著/集英社刊/1800円+税

 右往左往するうちに終わってしまった20年。今年はもうちょっとマトモな1年でありますように……。

 と、思いながら、21年最初の1冊はあまりマトモではない、でもだからこそすこぶる面白い小説をご紹介。

 「血液型何型?あー、やっぱりねえ」なんて会話の相手に決めつけられる。民間療法で肌が腫れて痛そうなのを「好転反応」という。教育と称して子供たちにトイレを素手で洗わせる。そんなこんなに違和感を感じたことがある人なら、きっとこの物語に背筋がザワザワとするはずだ。

 お話の舞台はいちおう日本。ただしこの世界では、人々は精神世界にどっぷりで、科学的な医療は崩壊している。人間関係は「心縁」で結ばれ、その紹介者が重んじられる。病気は「丙気」と呼ばれ、代替医療が幅をきかせ薬はまともなルートでは入手困難。電磁波を発するスマホやPC は忌むべき存在だ。

 3つの物語の主人公たちは、そんな世界に生きづらさを感じている。長いこと熱が下がらない土屋は免疫力を信じる妻・真弓に隠れて薬を手に入れようとする。重い病に冒された真弓の母・美奈子は治療にと千羽鶴を開いて贈り主全員にお礼する「千羽びらき」をさせられる。真弓の甥・真はなぜか世界から排除された「猫」の存在に出会い、不思議な体験をする。

 読者からするとデマや不信がはびこり、行政も機能しないディストピアだが、物語世界の大半の人々には居心地がいいユートピア。どうしたって今の日本と比べてしまうが、特にコロナ禍で起きた混乱や行政不信などを思うと、どこかで一線を越えたら私たちはこの世界に行ってしまう、とぞわっとする。

 爽快な物語ではないけれど、今の時代に読むと一段深く心に刺さる小説だ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。

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