国立公園の再生
2020.12.07 08:00
先日、北海道道東の弟子屈町に出張してきた。羽田空港からの往復を差し引くと、実質1日半の駆け足の滞在である。業務日程がタイトだったため、弟子屈の豊かな自然にたっぷり触れる時間はなかった。しかし、釧路空港から同町への往復の車窓から垣間見る大自然の絶景や広大な緑の牧場、白鳥の群れ遊ぶ雪の屈斜路湖畔、夜の硫黄山(アトサヌプリ)の星空に魅了され、㏗約1.8の強酸性の川湯温泉に癒やされた。
他方、川湯温泉街の廃墟ホテル群には別の意味で圧倒された。無数の廃業したホテルや旅館のビルが寒空のもと寂しく立ちすくんでいた。仕事柄日本各地の町や村を訪ねることが多いが、なぜこの弟子屈にはかくも多くの廃墟ホテルが多いのか。その理由を知りたいと強く思った。
答えは阿寒摩周国立公園管理事務所の所長とのセッションで明らかになった。町の総面積775㎢のうち実に国立公園面積が56%を占めている。町に国立公園があるのでなく、国立公園の中に川湯温泉街を含む主要街区が立地しているのだ。
世界の自然公園は地域制自然公園と営造物型自然公園に二分される。前者は国がすべての土地を所有することなく、さまざまな地権者からなる一定の景勝地域を公園として指定し開発行為を制限する手法で、国土の狭い日本の国立公園はこの方式で営まれる(後者は米国や豪州など国土の広い国で採用され、一定の広大なエリアをまるごと政府が所有し、専ら自然公園として供用する)。それゆえ、前者は既設のホテルや旅館の立地する民間所有の街区すらも広域の公園エリアの一部として包摂さざるを得ない。
日本の国立公園は1934年に指定された瀬戸内海他3カ所に始まる。戦後の高度経済成長のなか、観光レクリエーションの大衆化を背景に、自らの観光地の知名度向上を目指して全国の各自治体間で(いまのIR誘致競争のような)国立公園指定獲得競争が起き、全34カ所が指定された。
国立公園指定は後に弟子屈をはじめとする全国の観光地に諸刃の剣となった。環境省が設置された71年以降、国立公園法は日本列島改造論的なリゾート乱開発の魔の手を阻む最後の砦の役割を担うようになった。それゆえ同法は観光地にブランド力を付与すると同時に各種開発制限を強いるものとならざるを得なかった。
90年代以降のバブル崩壊・人口減少・観光需要低迷に伴い、産業資本にとって国立公園指定地は制約の多い高コストの「面倒くさい地域」と化す。資本は逃げていった。その結果、かつて一世を風靡した全国の国立公園内の温泉地や観光地の多くは、国立公園という冠のおかげで逆に観光需要の変化に対応できず、時代に取り残された「昭和の残骸」と化した。
時代は変わった。インバウンド振興の視点に立って、国立公園は日本の重要コンテンツとして見直された。政府の「明日の日本を支える観光ビジョン」(2016年)に基づき、環境省は国立公園満喫プロジェクトを立ち上げ、阿寒摩周国立公園も8つの重点公園の1つに選んだ。国立自然公園はただ保護するだけでなく、民間の力も活用して観光立国の重要な戦略要素として満喫されるべきものと見直され、再定義された。
弟子屈町は日本の国立公園行政の良き転換点となりうる試金石だとあらためて思う。川湯温泉の廃墟ホテル群は環境省により撤去が始まった。アドベンチャーツーリズム、ワーケーションブームは追い風だ。今回の出張では環境省の所長、町長をはじめ官民の多くの熱い人々と町の未来について議論できた。令和時代の国立公園の理想の利活用法を考えるヒントは、この弟子屈町の新たな挑戦の息吹の中にあると感じた。
中村好明●日本インバウンド連合会(JIF)理事長。1963年生まれ。ドン・キホーテ(現PPIHグループ)傘下のジャパンインバウンドソリューションズ社長を経て、現在JIF理事長として官民のインバウンド振興支援に従事。ハリウッド大学大学院客員教授、全国免税店協会副会長。
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